【事案の概要】
Xは、国立病院にて水虫の治療として約2年3ヶ月の間に前後44回にわたり、罹患部分に合計5040レントゲン線量の照射を加えたところ、皮膚癌がその照射部分についてのみ発生した。そこで、Xは国賠訴訟を提起。一審二審とも原告の請求を一部認容。国が上告し、原告も附帯上告した。

 

【本判決】 上告及び附帯上告を棄却
「原判決が適法に確定した事実、すなわち、被上告人がいわゆる水虫(汗疱性白癬。以下単に水虫という)に罹患し、その治療をした経過、国立A(以下単にA病院という)とB大学医学部附属病院(以下単にB大病院という)におけるレントゲン線照射(以下単にレ線照射という)の時期、量、回数および部位、レ線照射と皮膚癌の発生との間の統計的因果関係などの諸事実、とくにレ線照射と癌の発生との間に統計上の因果関係があり、しかも、レ線照射を原因とする皮膚癌は他の発生原因と比べると比較的多いこと、被上告人は、昭和二五年四月一九日から同二七年七月二九日までの約二年三箇月の間に東一病院で、前後四四回にわたり水虫にかかつていた左右足蹠の部分に合計五〇四〇レントゲン線量(以下単にレ線量という)の照射を加え、本件皮膚癌は、その照射部分についてのみ発生したことの諸事実に徴すると、本件皮膚癌の発生は東一病院の本件レ線照射がその主要な原因をなしていると判示した原判決の判断は、当審も、これを正当として肯認しえないわけではない。」

人の生命および健康を管理する業務に従事する医師は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるとすることは、すでに当裁判所の判例・・とするところであり、したがつて、医師としては、患者の病状に十分注意しその治療方法の内容および程度については診療当時の知識にもとづきその効果と副作用などすべての事情を考慮し、万全の注意を払つて、その治療を実施しなければならないことは、もとより当然である。ところで、原判決の適法に確定した事実、とくに水虫に対するレ線照射は根治療法ではなく対症療法にすぎないこと、被上告人の左右足蹠についてそれぞれ合計五〇四〇レ線量に達するA病院におけるレ線照射は、その総線量において一般に皮膚癌発生の危険を伴わないとされていた線量をはるかにこえる過大なものであつたこと、しかも昭和二七年七月C大学医学徹附属病院皮膚科D教授によりレ線照射による色素の脱失や沈着などの皮膚障害を発見され、同教授の要請によりはじめてレ線照射の治療が中止されたなど本件治療の経過に徴すると、レ線照射により被上告人の水虫の治療に当つたA病院のE、F両医師としては、細心の注意を払って皮膚癌のような重大な障害の発生することのないよう万全の措置をすべき業務上の注意義務を怠つた過失があるとした原判決の判断は、当審も正当として肯認しえないわけではない。」

「所論中には、原判決の見解は医師に無過失責任を認めるか、または、医師の注意義務を明示しない違法があるという部分もあるが、原判決は、水虫の治療としてレ線照射をするにさいしては、その治療の効果と危険度とに照らしその時期、回数、線量などについて細心の注意義務を払うべきにかかわらず、これを怠つて五〇四〇レ線量という過大な照射をしたということに医師としての注意義務を怠つた旨を判示しているのであり、右部分の論旨は、結局、失当といわざるを得ない。なるほど、本件診療時の医学の水準(そして現在においても、水虫にレ線照射を用いなくなつたことなどは別として、本質は異らないであろう)においては、レ線照射による治療方法は、その効率をあげるためには同時に癌の発生を招来するかも知れない危険度をともなうものであり、しかも、さらに、レ線照射が多ければ多いほど、その治療効果が大になることは容易に想像することができる。けれども、問題は、その病状と治療効果、そのおかす危険度との調和と、その治療に当つての医師として払うべき注意いかんということでなければならない。論旨のいうとおり、本件レ線照射により被上告人の水虫の病状は改善されたであろうが、水虫の治療において原審認定のほどに過大なレ線照射をしてその治療効果を著しくあげようと図ることは(他に研究目的があり、かつ、このことを患者が了承していた等特別の事情があるときには別に解する余地があろうが)医師の注意義務を十分に尽くしているものとは解せられないのである。
したがつて、論旨は、結局、失当として排斥を免れない。」

 

二審判決は、レントゲン線照射を過大照射というのみで、適正照射の内容を判示していませんでした。上告理由でこの点が指摘されましたが、本判決は、原判決の論理を是認しました。

 

医療事件

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