【事案の概要】
X(女児)は生後2ヶ月を経過したころ、顔面左頬部に海綿状血管腫(赤あざ)が現れたので、A病院のY医師の診察を受けた。Yは、患部にラジウム放射線を照射するのが有効適切と判断し、21回にわたり、ラジウム放射線治療をした。この治療により血管腫増大の傾向が止まったが、放射線皮膚障害が出始めた。この治療を止めた月には、淡褐色の色素沈着を主とし、淡白色の色素脱出を一部に混ずる凹部が顔面にでき、一見して醜い様相を呈した。そこでXは、Yに対して慰謝料請求訴訟を提起した。 

【大阪高裁昭和42年4月28日判決】
ラヂウム照射は血管腫の治療方法のうちでは比較的多く用いられ、当時の医学において有効適切な治療方法として是認されていたのであるが、ラヂウムを皮膚に照射する場合ある一定線量を超えて照射すると、皮膚炎を起す。この皮膚炎は何らの障害を残さずに治る場合もあるが、又ながく残る障害例えば色素沈着、色素脱失、皮膚萎縮、毛細而管拡張、潰瘍、瘢痕等を招来する場合もある。この障害は原則的には皮膚に照射される放射線量が多い程、又細胞の放射線に対する感受性が高い程大である。そこで以上のようなラヂウム放射線照射の施行に当る医師としては、適応症の選択、投与線量、照射方法(一回の線量、休止期間、総線量)および皮膚に及ぼす影響などについて、理論的かつ経験的に慎重な研究をなし、分割照射によつて反応をみながら施療を進める方式、すなわち、放射線の皮膚に対する影響の有無が完全に現われるまで皮膚の状態を仔細に観察し、その結果をまつてさらに放射線の照射による治療を続行するなどして治療目的に反する放射線障害を起させないように細心の注意を払うべき業務上の注意義務があるというべく、殊に血管腫のごとき非悪性疾患に対しては、皮膚癌のような悪性疾患とは異り、美容的に治癒させることを第一の条件とすることは自明の理であり、控訴人もまたその目的をもつて、被控訴人の治療を受けたものであることは弁論の全趣旨に徴して明かである。従つて、瘢痕、色素沈着又は脱失等の後遺症を遺し、前よりも醜い傷害を与えることは医師としての任務に反するといわねばならない。・・・然るに被控訴人は右治療に当り前叙説示のごとき注意義務を怠り、皮膚細胞に変質を来していることに左して留意せず、血管腫の治療にのみ意を向け、漫然放射線による治療を続行した過失により、血管腫はほとんど治癒したものの、いわゆる焼け過ぎとなり、前記のごとき形状の大なる醜状痕を残胎せしめるに至つたものであることが認められる。」YにXに対する50万円の慰謝料支払義務を認めた。

【最高裁昭和43年6月18日判決(上告審)】
上告棄却
「所論指摘の事実関係に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、右認定判断の過程に何らの違法も存しない。」

 

上記大阪高裁判決は、Xに対する危険を生じさせる放射線量、つまり、過量線量の基準を明らかにせず、皮膚障害の結果から逆に、Y医師の注意義務違反の過失を認定しています。

 

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