【質問】
30年間平穏な結婚生活を送っていた妻子ある男性が、妻以外の女性と恋仲になり、ある日、家出をしてこの女性と同棲を始めたことから、夫婦関係は壊れてしまいました。その後、4年の月日が流れました。この男性からの離婚請求は認められるでしょうか。
【回答】
この男性のような、夫婦関係の破綻について専ら責任のある当事者を有責配偶者といいます。有責配偶者からの離婚請求は、最高裁昭和62年9月2日大法廷判決で判例が変更されるまでは認められていませんでしたが、この大法廷判決で、一定の要件を満たせば、有責配偶者からの離婚請求であっても認められるようになりました。
すなわち、同判決は、「夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないものと解するのが相当である」と判示したのです。
その理由は以下のとおりです。
「(民法770条1項5号は)夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなった場合には、夫婦の一方は他方に対し訴えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されるのであって、同号所定の事由につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべきでないという趣旨までを読みとることはできない。」
他方,「(民法770条1項5号)所定の事由があるときは当該離婚請求が常に許容されるべきものとすれば、らその原因となるべき事実を作出した者がそれを自己に有利に利用することを裁判所に承認させ、相手方配偶者の離婚についての意思を全く封ずることとなり、ついには裁判離婚制度を否定するような結果をも招来しかねないのであって、右のような結果をもたらす離婚請求が許容されるべきでないことはいうまでもない」
「婚姻の本質は,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至った場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失っているものというべきであり、かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは、かえって不自然であるということができよう。」
「しかしながら、離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するものであるから、離婚請求は,正義・公平の観念,社会的倫理観に反するものであってはならないことは当然であって、この意味で離婚請求は,身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならない。」
「当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては、有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子、殊に未成熟の子の看護・教育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し、また、これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないのである」
この大法廷判決の事案は、控訴審の口頭弁論終結時において別居期間が約36年と長期間に及んでおり、夫婦間には未成熟の子がいなかったことから、特段の事情がない限り、有責配偶者である夫の離婚請求を認容すべきものと結論づけたのでした。
では、どれくらいの別居期間があれば、有責配偶者の離婚請求が認められるのでしょうか。最高裁平成元年3月28日判決は、控訴審の口頭弁論終結時の時点で、別居期間が約8年間,夫60歳,妻57歳,同居期間22年、未成熟の子なしのケースで,「双方の年齢や同居期間を考慮すると、別居期間が相当の長期間に及んでいるものということはでき」ないとして、有責配偶者である夫の離婚請求を認めませんでした。
他方,婚姻期間約31年のうち、別居期間約8年、未成熟の子がいないケースで、最高裁平成2年11月8日判決は、有責配偶者である夫の離婚請求を棄却した原判決を破棄し、原審に差し戻しました。
平成2年最高裁判決は,以下のように判示しています。
「有責配偶者からの・・離婚請求の許否を判断する場合には、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んだかどうかをも斟酌すべきものであるが、その趣旨は、別居後の時の経過とともに、当事者双方についての諸事情が変容し、これらのもつ社会的意味ないし社会的評価も変化することを免れないことから,右離婚請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮すべきであるとすることにある・・したがって,別居期間が相当の長期間に及んだかどうかを判断するに当たっては,別居期間と両当事者の年齢及び同居期間とを数量的に対比するのみでは足りず,右の点をも考慮に入れるべきものであると解するのが相当である」
平成2年最高裁判決の事案は,①夫が別居後も妻子に対する生活費の負担を続けていた、②別居後まもなく夫は不貞の相手方との関係を解消していた、③離婚請求にあたり、夫が妻に対し、財産関係の清算について誠意ある提案をしていた、④別居後5年経た頃に、妻が夫名義の不動産に(将来の財産分与請求に備えて)処分禁止の仮処分を執行していたこと等の事情がありました。別居後の時の経過により、このような事情の変化があったことから、平成2年判決は、別居期間が8年間であっても,有責配偶者である夫の離婚請求について肯定的判断をしたものです。
設例の事案は別居期間が4年です。4年の別居期間で有責配偶者の離婚請求を認めた最高裁判決はありません。有責配偶者である夫の離婚請求が信義誠実の原則に反しないといえるような,よほどの事情の変化がない限り、設例の事案では、夫の離婚請求が認められることは難しいと思われます。
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