【事例】
A(65歳)からの相談:私は、昭和60年にBと結婚し、その後、一人息子のCが生まれました。Cは現在30歳で、結婚して、別に家を建てて暮らしています。私は、結婚して間もなく購入した静岡市にあるB名義の自宅(土地と建物の時価合計2000万円)にてBと一緒に暮らしてきましたが、Bはガンのため,令和3年8月1日に死亡しました。Bの遺産は自宅と貯金2000万円です。なお、私は現在年金生活をしており、私名義の預金はわずかしかありません。
【相談】 私は、これまでどおり自宅に住み続けたいのですが、年金暮らしなので、夫の預金を相続できないと生活が苦しくなります。いい方法はないでしょうか。
〔改正法施行前〕
Aの法定相続分、Cの法定相続分も2分の1ですので、原則として、Bの遺産(合計4000万円)を半分にわけることになります。Aが引き続き自宅に住み続けるためには、遺産分割により、自宅(時価2000万円)を取得する必要がありますが、そうすると、預金(2000万円)は全部Cが相続することになります。
これまでは、住む家を確保しつつ、生活資金として預金も欲しいという生存配偶者の希望に十分応えることができませんでした。
〔改正法施行後〕
(1) 平成30年の民法改正で、「配偶者居住権」の制度が創設されました。ここで配偶者居住権とは、居住していた建物の全部について無償で使用及び収益をする権利(民法1028条)をいいます。
(2) 制度趣旨
近年の社会の高齢化の進展及び平均寿命の伸長に伴い、被相続人の配偶者が被相続人の死亡後にも長期間にわたり生活を継続することは少なくありません。そして、配偶者は、住み慣れた居住環境での生活を継続するために居住権を確保しつつ、その後の生活資金として預金等の財産についても一定程度確保したいという希望を有する場合も多いです。配偶者居住権の制度は、配偶者のために居住建物の使用収益権限のみが認められ、処分権限のない権利を創設することによって、遺産分割の際に、配偶者が居住建物の所有権を取得する場合よりも低廉な価額で居住権を確保することができるようにすること等を目的とするものです。
(3) 配偶者居住権の成立要件(1028条)
ア 配偶者が相続開始の時に、被相続人所有の建物に居住していたこと
イ その建物について、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈または死因贈与がされたこと
(4) 改正後にできることになった遺産分割方法
配偶者居住権の財産評価額が500万円だとすると、Aは、自宅居住権(500万円)と預金1500万円を取得し、Cは自宅所有権1500万円と預金500万円を取得するという遺産分割が可能となり、居住権を確保しつつ、預金も欲しいというAの希望をかなえることができます。
(5) CがAの配偶者居住権の取得に反対した場合
Aが配偶者居住権を取得すると、Cは自宅建物の所有権を取得すると言っても自宅を使うことができませんから、このような遺産分割に反対する可能性があります。
このような場合、Aは遺産分割の審判を家庭裁判所に申し立てて、配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出る必要があります。そして、家庭裁判所が、「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき」は、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができます(1029条)。
要件が厳しいので、自宅の居住権を確保したい場合は、亡くなる前にBにお願いして、自宅土地建物あるいはその配偶者居住権をAに遺贈するという内容の遺言書を書いてもらうのが一番です(婚姻期間が20年以上の夫婦間の居住用土地建物の遺贈または贈与、あるいは、その配偶者居住権の遺贈については、持戻し免除の意思表示があったと推定されます。民法903条4項、1028条3項を参照)。
(6) 施行日
配偶者居住権に関する規定の施行日は、2020年(令和2年)4月1日です。2020年4月1日より前に亡くなった方の相続については、配偶者居住権に関する規定の適用はありませんので、ご注意下さい。また,施行日前にされた配偶者居住権を目的とする遺贈についても本規定の適用はありません。