【事案の概要】
平成元年7月8日午前4時30分ころ、Aは突然の背部痛で目が覚め、病院に向かった。同日午前5時35分ころ、B医師の診察が開始された。Aの主訴は、上背部(中央部分)痛及び心窩部痛であった。診察当時、Aの狭心症は心筋梗塞に移行し、相当に増悪した状態にあった。しかし、B医師は急性膵炎を疑い、点滴治療を行った。同日午前7時45分ころ、点滴中にAは致死性不整脈を生じ、容体が急変して死亡した。Aの死因は、不安定型狭心症から切迫性心筋梗塞に至り、心不全を来したことにあった。

【原判決】
B医師が医療水準にかなった医療を行うべき義務を怠ったことにより、Aは適切な医療を受ける機会を不当に奪われ、精神的苦痛を被ったとして、B医師の使用者である病院YはAの遺族に対し慰謝料200万円を支払うべきものとした。Y病院が上告。

【本判決】
「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。けだし、生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性は法によって保護されるべき利益であり、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わないことによって患者の法益が侵害されたものということができるからである。」として病院Yの上告を棄却した。

本判決は生存していた相当程度の可能性が法によって保護されるべき利益であることを最高裁が初めて明らかにし、医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在が証明されない場合でも、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者のその時点においてなお生存していた相当程度の可能性が証明される場合に医師の患者に対する不法行為責任を認めた重要な判決です。

 

医療事件

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