前回ご紹介した福岡地裁小倉支部令和6年2月13日は、暑さ指数(WBGT)を測定していなかったことも理由の1つとして、勤務先の企業に安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めました。
高温・多湿の環境下で労働者に就労させる場合は、雇い主が暑さ指数(WBGT)を測定することが重要な熱中症対策となります。なお、暑さ指数計は市販されていますので、入手は容易です。
暑さ指数(WBGT(湿球黒球温度):Wet Bulb Globe Temperature)は、熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標です。 暑さ指数(WBGT)は人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に与える影響の大きい ①湿度、 ②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、 ③気温の3つを取り入れた指標です。暑さ指数が、25以上28未満だと警戒レベル、28以上31未満だと厳重警戒レベル、31以上だと危険レベルとなります。詳細は、環境省の熱中症予防情報サイトを参照願います。
熱中症予防情報サイト
今回、ご紹介する大阪高裁平成28年1月21日判決は、造園業を営む雇用主に採用された労働者Aが、勤務初日の平成22年8月27日に、Aを指揮監督する立場の従業員Dとともに現場に行き、剪定された枝葉をトラックに積み込む作業をしていたところ、午後2時頃に気分が悪くなったため、Dは、Aを現場で休憩させ、剪定作業を続けたが、同日午後3時47分頃、Aの異変に気づき、救急車を呼んだが、同日午後5時15分頃にAが死亡したという事案について、雇用主にDの使用者としての損害賠償責任及び安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めたものです。
本件では、Aは熱中症の症状が現れてから約3時間後に亡くなっています。熱中症の症状を発見したら、迅速に対応しなければならないことがわかります。
以下、判決の要点を抜粋します。
Dは,本件現場において亡Aを指揮監督する立場にありながら,亡Aが午後2時頃から具合が悪くなったことを認識した後,亡Aの状態を確認しておらず,高温環境を脱するために適切な場所での休養をさせることも考慮せず,そのまま亡Aを本件現場に放置し,熱中症による心肺停止状態に至る直前まで,救急車を呼ぶ等の措置もとらなかったものであるから,Dは,亡Aの熱中症による死亡について,不法行為責任を負うものと認められる。そして,Dは被控訴人の従業員で,上記不法行為は被控訴人の事業の執行につきされたものであるから,被控訴人には,使用者責任による損害賠償義務があるというべきである。
6 被控訴人による義務違反の有無等について(争点3)
被控訴人は,前記5のとおり,Dの使用者をして民法715条による損害賠償義務があるから,被控訴人自身の不法行為による損害賠償義務の有無について検討するまでもないが,事案に鑑み,Dの上記不法行為責任と関係にする点についてのみ,被控訴人の安全配慮義務違反の有無についても検討することとする。
(1)証拠(甲52の1・3,甲52)によれば,被控訴人は,京都府造園協同組合西京支部に所属する組合員であるところ,組合員に配布される同組合発行の「造園だより」は,平成19年7・8・9月号において「熱中症で死人まで出る事となり,屋外での仕事である我々植木屋としては,厳しい夏を過ごさざるを得なかった」旨(甲52の1),平成20年秋号において「今年は「熱中症」についても重点的に運動が展開されました。組合員の皆様におかれましても災害防止に御留意下さい。」旨記載され,かつ,平成17年から19年における熱中症による死亡災害発生状況を年別・月別に示し,7月から8月に集中して発生し,建設業で非常に多くの比率を占めている旨記載されていることが認められ
る。以上によれば,造園業においても,熱中症の発症による死亡災害の防止対策が必要であることは,業界における共通した認識であったということができる。
そして,具体的に,どのような対策を講ずべきかについては,厚生労働省等において前記1(3)のとおり,各種の対策を提示しており,これが使用者の義務を策定する際の根拠となり得る。
また,被控訴人は,被控訴人が負う安全配慮義務の内容として,熱中症の発生リスクの低減を図るべく,①亡Aに負荷の大きい作業をさせないこと,②亡Aにできるだけ日陰で作業させること,③作業開始時に亡Aの体調が悪くないことを確認すること,④作業中に亡Aの体調に不調がないか確認すること,⑤亡Aに十分な休憩時間をとらせること,⑥亡Aに適切な休憩場所で休憩させること,⑦亡Aに十分な水分補給をさせること,⑧亡Aに直射日光にさらされない衣服を着用させること,⑨亡Aに直射日光を避けることができかつ通気性のよい帽子を着用させること,⑩熱中症等体調不良の疑いがある場合には作業をやめさせること,⑪亡Aと共に作業をするDに対し熱中症の危険につき注意喚起すること,Dをして亡Aの体調を監視させること,⑫亡Aが熱中症を発症した場合には体を冷やし,可能であれば水を飲ませるなど適切に対処すること,⑬亡Aが熱中症を発症して症状が重い場合には救急車を呼ぶ等して医療機関へと搬送することを法的義務として自認している(引用に係る原判決20頁)ことからしても,このような義務を負うべきことは明らかであるところ,これらの中で,少なくとも④,⑥,⑦,⑩ないし⑬が本件と関係する。
(2)前記認定によれば,亡Aが本件現場において具合が悪くなったのは午後2時頃であるところ,前記(1)の事情に照らせば,被控訴人は,Dに対し,日頃から高温環境下において作業員が具合が悪くなり熱中症と疑われるときは,作業員の状態を観察し,涼しいところで安静にさせる,水やスポーツドリンクなどを取らせる,体温が高いときは,裸体に近い状態にし,冷水を掛けながら風を当て,氷でマッサージするなど体温の低下を図るといった手当を行い,回復しない場合及び症状が重い場合などは,医師の手当てを受けさせること等の措置を講ずることを教育しておく義務があったというべきである。
しかるに,Dは,前記5(3)のとおり,本件現場において亡Aを指揮監督する立場にありながら,亡Aが午後2時頃から具合が悪くなったことを認識した後,亡Aの状態を確認しておらず,高温環境を脱するために適切な場所での休養をさせることも考慮せず,そのまま亡Aを本件現場に放置し,熱中症による心肺停止状態に至る直前まで,救急車を呼ぶ等の措置もとらなかったものであって,このようなDの行動からすれば,被控訴人において,Dに対し,前示のような労働安全教育をしていたとは認め難い。
よって,被控訴人は,自らも前示の安全配慮義務違反による損害賠償義務を負うというべきである。