【事案の概要(原審の認定した事実)】 
(1) 上告人らの子Aは、自転車を運転し、一時停止を怠って交差点内に進入したところ、同交差点内に減速することなく進入しようとした上告補助参加人の従業員であるB運転に係る普通乗用自動車と接触し,転倒した(以下「本件交通事故」という。)。
(2) Aは,本件交通事故後、被上告人が経営する病院(以下「被上告人病院」という。)に搬送された。院長のC医師はAを診察し,左頭部に軽い皮下挫傷による点状出血を、顔面表皮に軽度の挫傷を認めたが、Aの意識が清明で外観上は異常が認められず,Aが事故態様についてタクシーと軽く衝突したとの説明をし,前記負傷部分の痛みを訴えたのみであったことから、Aの歩行中の軽微な事故であると考えた。そして、C医師は,Aの頭部正面及び左側面から撮影したレントゲン写真を検討し、頭がい骨骨折を発見しなかったことから、さらにAについて頭部のCT検査をしたり,病院内で相当時間経過観察をするまでの必要はないと判断し、前記負傷部分を消毒し、抗生物質を服用させる治療をした上、A及び上告人Dに対し,「明日は学校へ行ってもよいが,体育は止めるように。明日も診察を受けに来るように。」「何か変わったことがあれば来るように。」との一般的指示をしたのみで、Aを帰宅させた。
(3) 上告人Dは,Aとともに午後5時30分ころ帰宅したが,Aが帰宅直後におう吐し、眠気を訴えたため、疲労のためと考えてそのまま寝かせたところ、Aは、夕食を欲しがることもなく午後6時30分ころに寝入った。Aは,同日午後7時ころには,いびきをかいたり,よだれを流したりするようになり,かなり汗をかくようになっていたが、上告人らは、多少の異常は感じたものの、Aは普段でもいびきをかいたりよだれを流したりして寝ることがあったことから、この容態を重大なこととは考えず、同日午後7時30分ころ、氷枕を使用させ、そのままにしておいた。しかし、Aは、同日午後11時ころには、体温が39度まで上昇してけいれん様の症状を示し、午後11時50分ころにはいびきをかかなくなったため、上告人らは初めてAが重篤な状況にあるものと疑うに至り、翌13日午前0時17分ころ、救急車を要請した。救急車は同日午前0時25分に上告人方に到着したが、Aは、既に脈が触れず呼吸も停止しており、同日午前0時44分、Eに搬送されたが、同日午前0時45分、死亡した(以下「本件医療事故」という。)。
 (4) Aは,頭がい外面線状骨折による硬膜動脈損傷を原因とする硬膜外血しゅにより死亡したものであり、被上告人病院から帰宅したころには、脳出血による脳圧の亢進によりおう吐の症状が発現し、午後6時ころには傾眠状態を示し、いびき、よだれを伴う睡眠、脳の機能障害が発生し、午後11時ころには、治療が困難な程度であるけいれん様の症状を示す除脳硬直が始まり、午後11時50分には自発呼吸が不可能な容態になったものである。
 硬膜外血しゅは,骨折を伴わずに発生することもあり,また,当初相当期間の意識清明期が存することが特徴であって,その後,頭痛,おう吐,傾眠,意識障害等の経過をたどり,脳障害である除脳硬直が開始した後はその救命率が著しく減少し,仮に救命に成功したとしても重い後遺障害をもたらすおそれが高いものであるが,早期に血しゅの除去を行えば予後は良く,高い確率での救命可能性があるものである。したがって,交通事故により頭部に強い衝撃を受けている可能性のあるAの診療に当たったC医師は,外見上の傷害の程度にかかわらず,当該患者ないしその看護者に対し,病院内にとどめて経過観察をするか,仮にやむを得ず帰宅させるにしても,事故後に意識が清明であってもその後硬膜外血しゅの発生に至る脳出血の進行が発生することがあること及びその典型的な前記症状を具体的に説明し,事故後少なくとも6時間以上は慎重な経過観察と,前記症状の疑いが発見されたときには直ちに医師の診察を受ける必要があること等を教示,指導すべき義務が存したのであって,C医師にはこれを懈怠した過失がある。
(5) 他方,上告人らにおいても,除脳硬直が発生して呼吸停止の容態に陥るまでAが重篤な状態に至っていることに気付くことなく,何らの措置をも講じなかった点において,Aの経過観察や保護義務を懈怠した過失があり,その過失割合は1割が相当である。
(6) なお,本件交通事故は,本件交差点に進入するに際し,自動車運転手として遵守すべき注意義務を懈怠した,上告補助参加人Bの過失によるものであるが,Aにも,交差点に進入するに際しての一時停止義務,左右の安全確認義務を怠った過失があり,その過失割合は3割が相当である。
(7) 上告人らは,Aの本件交通事故及び本件医療事故による次の損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続した。Aの死亡による上告人らの弁護士費用分を除く全損害は,次のとおりである。
    逸失利益   2378万8076円
    慰謝料        1600万円
    葬儀費用        100万円
 なお,上告人らは,上告補助参加人から葬儀費用として50万円の支払を受けた。
  本件は,上告人らが,C医師の診療行為の過失によりAが死亡したとして,被上告人に対し,民法709条に基づき損害賠償を求めている事案である。
 
 
【原判決】
 (1) 被害者であるAの死亡事故は,本件交通事故と本件医療事故が競合した結果発生したものであるところ,原因競合の寄与度を特定して主張立証することに困難を伴うので,被害者保護の見地から,本件交通事故における上告補助参加人Bの過失行為と本件医療事故におけるC医師の過失行為とを共同不法行為として,被害者は,各不法行為に基づく損害賠償請求を分別することなく,全額の損害の賠償を請求することもできると解すべきである。
 (2) しかし,本件の場合のように,個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し,その行為類型が異なり,行為の本質や過失構造が異なり,かつ,共同不法行為を構成する一方又は双方の不法行為につき,被害者側に過失相殺すべき事由が存する場合には,各不法行為者は,各不法行為の損害発生に対する寄与度の分別を主張することができ,かつ,個別的に過失相殺の主張をすることができるものと解すべきである。すなわち,被害者の被った損害の全額を算定した上,各加害行為の寄与度に応じてこれを案分して割り付け,その上で個々の不法行為についての過失相殺をして,各不法行為者が責任を負うべき損害賠償額を分別して認定するのが相当である。
 
 
【本判決】
 原審の確定した事実関係によれば,本件交通事故により,Aは放置すれば死亡するに至る傷害を負ったものの,事故後搬入された被上告人病院において,Aに対し通常期待されるべき適切な経過観察がされるなどして脳内出血が早期に発見され適切な治療が施されていれば,高度の蓋然性をもってAを救命できたということができるから,本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが,Aの死亡という不可分の一個の結果を招来し,この結果について相当因果関係を有する関係にある。したがって,本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから,各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はないから,被害者との関係においては,各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し,各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当である。けだし,共同不法行為によって被害者の被った損害は,各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして,各不法行為者はその全額を負担すべきものであり,各不法行為者が賠償すべき損害額を案分,限定することは連帯関係を免除することとなり,共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し,これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり,損害の負担について公平の理念に反することとなるからである
したがって原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
 4 本件は,本件交通事故と本件医療事故という加害者及び侵害行為を異にする二つの不法行為が順次競合した共同不法行為であり,各不法行為については加害者及び被害者の過失の内容も別異の性質を有するものである。ところで,過失相殺は不法行為により生じた損害について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度であるから,本件のような共同不法行為においても,過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり,他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない。
 本件において被上告人の負担すべき損害額は,Aの死亡による上告人らの損害の全額(弁護士費用を除く。)である4078万8076円につき被害者側の過失を1割として過失相殺による減額をした3670万9268円から上告補助参加人から葬儀費用として支払を受けた50万円を控除し,これに弁護士費用相当額180万円を加算した3800万9268円となる。したがって,上告人ら各自の請求できる損害額は,この2分の1である1900万4634円となる。
 
 
 
 
交通事故とその後に生じた医療事故のいずれもが死亡の結果との間に相当因果関係があることから、全額について連帯責任を認めたのは当然といえます。また、本件で三当事者間の絶対的な過失割合を決めるのは難しいことから、過失相殺を相対的に行っています。