【事案の概要】
Aは、平成2年10月26日の時点で病期Ⅳに相当する進行性末期がんにり患しており,救命,延命のための有効な治療方法はなく,とう痛等に対する対症療法を行うしかない状況にあったが、Aを担当した医師はA本人に末期がんであると告知するのは適当でないと考えていたことから,Aには末期がんであることを伝えなかった。同医師は,Aの病状について家族に説明する必要があると考えていたが,結局、家族にも伝えなかった。Aは左じん臓がん,骨転移を原因とする肺転移,肺炎により死亡した。Aの遺族が、Aまたは家族に末期がんであることを告知しなかったことが債務不履行または不法行為にあたるとして訴訟提起。

【原審】
本件病院の医師らは,Aが末期がんであることにほぼ確信を抱いていたものの,医師の合理的裁量によってA本人にがんである旨告知すべきではないと判断していたのであるから,同人にがんである旨を告知しなかったことをもって債務不履行及び不法行為があったということはできないが,A本人にがんである旨告知すべきでないと判断した以上,末期がんの患者を担当する医師として,Aの家族に対する告知の適否について速やかに検討すべき義務があり,そのためには,Aの家族に関する情報を収集し,必要であればAの家族と直接接触するなどして,その適否を判断する義務があったにもかかわらず,これを怠ったとして,Aに対する債務不履行又は不法行為による慰謝料として合計120万円の限度で遺族らの請求を認容した。病院側が上告

 

【本判決】 上告棄却
医師は,診療契約上の義務として,患者に対し診断結果,治療方針等の説明義務を負担する。そして,患者が末期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には,患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと,当該医師は,診療契約に付随する義務として,少なくとも,患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し,同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し,告知が適当であると判断できたときには,その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。なぜならば,このようにして告知を受けた家族等の側では,医師側の治療方針を理解した上で,物心両面において患者の治療を支え,また,患者の余命がより安らかで充実したものとなるように家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり,適時の告知によって行われるであろうこのような家族等の協力と配慮は,患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからである。
これを本件についてみるに,Aの診察をしたF医師は,前記のとおり,一応はAの家族との接触を図るため,Aに対し,入院を1度勧め,家族を同伴しての来診を1度勧め,あるいはカルテに患者の家族に対する説明が必要である旨を記載したものの,カルテにおけるAの家族関係の記載を確認することや診察時に定期的に持参される保険証の内容を本件病院の受付担当者に確認させることなどによって判明するAの家族に容易に連絡を取ることができたにもかかわらず,その旨の措置を講ずることなどもせず,また,本件病院の他の医師らは,F医師の残したカルテの記載にもかかわらず,Aの家族等に対する告知の適否を検討するためにAの家族らに連絡を取るなどして接触しようとはしなかったものである。このようにして,本件病院の医師らは,Aの家族等と連絡を取らず,Aの家族等への告知の適否を検討しなかったものであるところ,被上告人C及び同Eについては告知を受けることにつき格別障害となるべき事情はなかったものであるから,本件病院の医師らは,連絡の容易な家族として,又は連絡の容易な家族を介して,少なくとも同被上告人らと接触し,同被上告人らに対する告知の適否を検討すれば,同被上告人らが告知に適する者であることが判断でき,同被上告人らに対してAの病状等について告知することができたものということができる。そうすると,本件病院の医師らの上記のような対応は,余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に対するものとして不十分なものであり,同医師らには,患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り,告知するに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったといわざるを得ない。その結果,被上告人らは,平成3年3月19日にG病院における告知がされるまでの間,Aが末期がんにり患していることを知り得なかったために,Aがその希望に沿った生活を送れるようにし,また,被上告人らがより多くの時間をAと過ごすなど,同人の余命がより充実したものとなるようにできる限りの手厚い配慮をすることができなかったものであり,Aは,上告人に対して慰謝料請求権を有するものということができる。
被上告人らの請求を一部認容した原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。
 よって,裁判官上田豊三の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 

本判決は、一定の限定のもと、患者の家族に対する医師の告知義務を認めている点が注目されます。ただ、かかる義務の違反が、患者に対する債務不履行または不法行為になるとしています。

 

医療事故

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