【事案の概要】
 Bは、ある宗教の信者であり、宗教上の信念から、いかなる場合にも輸血を拒否するという固い意思を有していた。Bの夫であるAは信者ではないがBの意思を尊重しており、長男Cは信者である。
 D病院は、外科手術を受ける患者が上記宗教の信者である場合、右信者が、輸血を受けるのを拒否することを尊重し、できる限り輸血をしないことにするが、輸血以外には救命手段がない事態に至ったときは、患者及びその家族の諾否にかかわらず輸血する、という方針を採用していた。
 Bは、平成4年8月18日、D病院に入院し、同年9月16日、肝臓の腫瘍を摘出する手術を受けたが、その間、同人、A及びCは、主治医のE医師らに対し、Bは輸血を受けることができない旨を伝えた。Cは、同月14日、E医師に対し、B及びAが連署した免責証書を手渡したが、右証書には、Bは輸血を受けることができないこと及び輸血をしなかったために生じた損傷に関して医師及び病院職員等の責任を問わない旨が記載されていた。
 E医師らは、平成4年9月16日、輸血を必要とする事態が生ずる可能性があったことから、その準備をした上で本件手術を施行した。患部の腫瘍を摘出した段階で出血量が約2245ミリリットルに達するなどの状態になったので、E医師らは、輸血をしない限りBを救うことができない可能性が高いと判断して輸血をした。BがD病院を設置・運営する国や医師らに対し訴訟提起。
 
【原判決】
主治医らの説明義務違反を認め、慰謝料50万円に弁護士費用5万円を加えた55万円を損害として認めた。国が上告し、原告らも附帯上告した。
 
 
【本判決】 上告及び附帯上告を棄却
 本件において、E医師らが、Bの肝臓の腫瘍を摘出するために、医療水準に従った相当な手術をしようとすることは、人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者として当然のことであるということができる。しかし患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。そして、Bが、宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており、輸血を伴わない手術を受けることができると期待してD病院に入院したことをE医師らが知っていたなど本件の事実関係の下では、E医師らは、手術の際に輸血以外には救命手段がない事態が生ずる可能性を否定し難いと判断した場合には、Bに対し、D病院としてはそのような事態に至ったときには輸血するとの方針を採っていることを説明して、D病院への入院を継続した上、E医師らの下で本件手術を受けるか否かをB自身の意思決定にゆだねるべきであったと解するのが相当である。
 ところが、E医師らは、本件手術に至るまでの約一か月の間に、手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、Bに対してD病院が採用していた右方針を説明せず、同人及びAらに対して輸血する可能性があることを告げないまま本件手術を施行し、右方針に従って輸血をしたのである。
そうすると、本件においては、E医師らは、右説明を怠ったことにより、Bが輸血を伴う可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。
そして、また、上告人は、E医師らの使用者として、Bに対し民法715条に基づく不法行為責任を負うものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、是認することができ、原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は採用することができない。
 
 
 
説明を怠ったことで患者の意思決定権を奪った、人格権を侵害したとして、病院側に不法行為責任を認めましたが、慰謝料額が50万円というのは、人格権を侵害したことに対する慰謝料額としていかがなものかという気もします。