【事案の概要】
Aは国の設置するB病院にて検査を受けたところ、無症状性の未破裂動脈瘤が発見された。選択肢としては保存的に経過を見るという選択肢と治療をするという選択肢があり,また,治療をするという場合には,開頭手術とコイルそく栓術という選択肢があった。C医師はA及び配偶者Xに,①脳動脈りゅうは,放置しておいても6割は破裂しないので,治療をしなくても生活を続けることはできるが,4割は今後20年の間に破裂するおそれがあること,②治療するとすれば,開頭手術とコイルそく栓術の2通りの方法があること,③開頭手術では95%が完治するが,5%は後遺症の残る可能性があること,④コイルそく栓術では,後になってコイルが患部から出てきて脳こうそくを起こす可能性があることを説明したところ、開頭手術が実施されることになった。
しかし、手術前のカンファレンスにおいて、内けい動脈そのものが立ち上がっており,動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため,恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので,貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり,開頭手術はかなり困難であることが判明し、Aの動脈りゅうについては,まずコイルそく栓術を試し,うまくいかないときは開頭手術を実施するという方針が決まった。C医師とD医師は,A及びXに,Aの動脈りゅうが開頭手術をするのが困難な場所に位置しており開頭手術は危険なので,コイルそく栓術を勧めた。C医師らは,この時までに,Aらに,コイルそく栓術には術中を含め脳こうそく等の合併症の危険があり,合併症により死に至る頻度が2~3%とされていることについての説明も行った上で,Aらから,コイルそく栓術を実施することの承諾を得た。
平成8年2月28日,D医師は,カテーテルによりコイルの動脈りゅう内への挿入を開始した。しかし,正午ころには,動脈りゅう内に挿入したコイルの一部が,りゅう外に逸脱してりゅうをそく栓することができず,内けい動脈内に移動して中大脳動脈及び前大脳動脈をそく栓する危険が生じたことから,D医師は,コイルそく栓術を中止し,コイルの回収作業をすることとしたが、コイルの回収はできなかった。そこで,開頭手術を実施したが、コイルの一部については除去することができなかった。Aは,上記開頭手術終了後も,意識が回復することはなく,動脈りゅう内から逸脱したコイルによって生じた左中大脳動脈の血流障害に起因する脳こうそくにより,死亡した。Aの相続人であるXらが訴訟提起
Aは国の設置するB病院にて検査を受けたところ、無症状性の未破裂動脈瘤が発見された。選択肢としては保存的に経過を見るという選択肢と治療をするという選択肢があり,また,治療をするという場合には,開頭手術とコイルそく栓術という選択肢があった。C医師はA及び配偶者Xに,①脳動脈りゅうは,放置しておいても6割は破裂しないので,治療をしなくても生活を続けることはできるが,4割は今後20年の間に破裂するおそれがあること,②治療するとすれば,開頭手術とコイルそく栓術の2通りの方法があること,③開頭手術では95%が完治するが,5%は後遺症の残る可能性があること,④コイルそく栓術では,後になってコイルが患部から出てきて脳こうそくを起こす可能性があることを説明したところ、開頭手術が実施されることになった。
しかし、手術前のカンファレンスにおいて、内けい動脈そのものが立ち上がっており,動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため,恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので,貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり,開頭手術はかなり困難であることが判明し、Aの動脈りゅうについては,まずコイルそく栓術を試し,うまくいかないときは開頭手術を実施するという方針が決まった。C医師とD医師は,A及びXに,Aの動脈りゅうが開頭手術をするのが困難な場所に位置しており開頭手術は危険なので,コイルそく栓術を勧めた。C医師らは,この時までに,Aらに,コイルそく栓術には術中を含め脳こうそく等の合併症の危険があり,合併症により死に至る頻度が2~3%とされていることについての説明も行った上で,Aらから,コイルそく栓術を実施することの承諾を得た。
平成8年2月28日,D医師は,カテーテルによりコイルの動脈りゅう内への挿入を開始した。しかし,正午ころには,動脈りゅう内に挿入したコイルの一部が,りゅう外に逸脱してりゅうをそく栓することができず,内けい動脈内に移動して中大脳動脈及び前大脳動脈をそく栓する危険が生じたことから,D医師は,コイルそく栓術を中止し,コイルの回収作業をすることとしたが、コイルの回収はできなかった。そこで,開頭手術を実施したが、コイルの一部については除去することができなかった。Aは,上記開頭手術終了後も,意識が回復することはなく,動脈りゅう内から逸脱したコイルによって生じた左中大脳動脈の血流障害に起因する脳こうそくにより,死亡した。Aの相続人であるXらが訴訟提起
【原判決】 請求棄却
本件病院の担当医師らに,コイルそく栓術の手技等についての過失があったとはいえないとして,同過失を理由とする損害賠償請求について棄却すべきものとした上で,上記医師らは,動脈りゅうの危険性,Aが採り得る選択肢の内容,それぞれの選択肢の利点と危険性,危険性については起こり得る主な合併症の内容及び発生頻度並びに合併症による死亡の可能性をAに説明したということができ,上記医師らに説明義務違反は認められないとして,Xらの説明義務違反を理由とする損害賠償請求についても棄却すべきものとした。
【本判決】 一部破棄差し戻し
4 しかしながら,原審の上記判断のうち説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があり,また,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断することができるような仕方で,それぞれの療法(術式)の違いや利害得失を分かりやすく説明することが求められると解される(最高裁平成10年(オ)第576号同13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁参照)。
そして,医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に,いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。
(2)ア
4 しかしながら,原審の上記判断のうち説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があり,また,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断することができるような仕方で,それぞれの療法(術式)の違いや利害得失を分かりやすく説明することが求められると解される(最高裁平成10年(オ)第576号同13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁参照)。
そして,医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に,いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。
(2)ア
前記事実関係によれば,Aの動脈りゅうの治療は,予防的な療法(術式)であったところ,医療水準として確立していた療法(術式)としては,当時,開頭手術とコイルそく栓術という2通りの療法(術式)が存在していたというのであり,コイルそく栓術については,当時まだ新しい治療手段であったとの鑑定人Eの指摘がある。
イ 記録によれば,本件病院の担当医師らは,開頭手術では,治療中に神経等を損傷する可能性があるが,治療中に動脈りゅうが破裂した場合にはコイルそく栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して,コイルそく栓術では,身体に加わる侵襲が少なく,開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが,動脈のそく栓が生じて脳こうそくを発生させる場合があるほか,動脈りゅうが破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり,このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知見を有していたことがうかがわれ,また,そのような知見は,開頭手術やコイルそく栓術を実施していた本件病院の担当医師らが当然に有すべき知見であったというべきであるから,同医師らは,Aに対して,少なくとも上記各知見について分かりやすく説明する義務があったというべきである。
ウ また,前記事実関係によれば,Aが平成8年2月23日に開頭手術を選択した後の同月27日の手術前のカンファレンスにおいて,内けい動脈そのものが立ち上がっており,動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため,恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので,貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり,開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから,本件病院の担当医師らは,Aがこの点をも踏まえて開頭手術の危険性とコイルそく栓術の危険性を比較検討できるように,太郎に対して,上記のとおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について具体的に説明する義務があったというべきである。
エ 以上からすれば,本件病院の担当医師らは,Aに対し,上記イ及びウの説明をした上で,開頭手術とコイルそく栓術のいずれを選択するのか,いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったというべきである。
オ そうすると,本件病院の担当医師らは,Aに対し,前記2(4)及び(6)の説明内容のような説明をしたというだけでは説明義務を尽くしたということはできず,同医師らの説明義務違反の有無は,上記イ及びウの説明をしたか否か,上記エの機会を与えたか否か,仮に機会を与えなかったとすれば,それを正当化する特段の事情が有るか否かによって判断されることになるというべきである。
しかるに,原審は,上記の各点について確定することなく,前記2(4)及び(6)の説明内容のような説明をしただけで,開頭手術が予定されていた日の前々日のカンファレンスの結果に基づき,カンファレンスの翌日にコイルそく栓術を実施した本件病院の担当医師らに説明義務違反がないと判断したものであり,この判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由がある。
(3)以上によれば,原判決のうち説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そこで,以上の説示に従って上記部分について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(3)以上によれば,原判決のうち説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そこで,以上の説示に従って上記部分について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
予防的手術ですので、何もしないという選択肢もあったところ、本件では、手術前のカンファレンスで当初予定されていた開頭手術から手術が変更され、コイル塞栓術のリスクの説明が不十分なまま、この手術が実施され、脳梗塞となって亡くなりました。このような予防的手術のケースでは医師も患者に利害得失を十分に説明する必要があるように思われます。