前回ご紹介した東京高裁平成13年1月18日判決は、妻からの離婚請求の事案でしたが、今度は、夫からの離婚請求について、第1審では認められたが、控訴審で棄却された事案を紹介します。1審と2審で判断が分かれるということは、いずれの事件も判断が難しい微妙なケースということです。
事案を簡略化します。平成14年に結婚しましたが、義母の干渉・嫁いびりにより妻がうつ病になり,平成16年から妻は実家で生活するようになりました。夫は妻と話し合いをしましたが、妻の感情的で反発的な態度に嫌気がさし、別居4ヶ月後に夫から離婚調停を申立て、その後訴訟となりました。
第1審は,夫が妻の言動によりすっかり関係修復の意欲を失っていること等を理由に、「婚姻を継続し難い重大な事由」ありと判断し、夫の離婚請求を認めました。妻が控訴。
【名古屋高裁平成20年4月8日判決】
「2(1) 以上認定の事実によれば、X(夫)が平成16年×月×日に離婚調停の申立てをして以来約3年3か月間(当審における口頭弁論終結日まで)、Y(妻)とXは、別居状態にあり、調停や訴訟の機会を除くとほとんど話し合いの場を持つことができないこと、Xが、婚姻関係を修復する意欲を相当程度失っており、離婚の意思を強くしていることが認められる。
(2) しかし,それにもかかわらず、Yは、婚姻関係の修復に強い意欲を有していることは前記認定のとおりである。
Yは,△△県△△市での当事者夫婦だけを中心とし、Xの母との接触が少なかったころの婚姻生活が円満なものであったことから、今一度、環境を整え、夫婦、親子三人で同じような生活をしたいという強い希望を有していることが窺える。Yは,△△市居住当時と現在の生活の違いをもたらしているのは、主にXの母の存在であるとの思いを抱き、同人の影響を受けない環境を確保できれば、Y及びXは,かつてのような円満な婚姻関係を取り戻すことができるはずであるとの気持ちが強い。また、Yは,Xの職場の所在地がXの実家に近いことから上記のような環境整備をすることが現実には困難であることも踏まえ,Xの実家近くで生活するとしても、Y自身が気持ちを強く持ち、これまではXの母から言われることは無理難題であっても従ってきたが、これからはXの母に憎まれることを恐れず、Xの母にも言いたいことを言うなどしてストレスを貯めないようにしたい旨の意向を示している。
そして,Yは,△△県△△市に居住していたころの婚姻生活やYの良き理解者であったXの態度を顧みれば,Xの母の存在がXの態度や判断に影響を与えており,それを直すことができれば婚姻関係を修復することができるとの考えを抱いている。
Yのこの思いの強さは,Xが離婚調停を申し立てた後の平成17年×月にY自身の実家からあえて○○市の居宅へ戻り、Xと婚姻関係修復の方向での話し合いの機会を持とうとしたことからも窺える。
(3) 以上のようなYの認識については、前記認定のうつ病の影響もあって客観的な事実認識に支障が生じ、Xの母の言動に過剰な反応をしている面があり、客観性を欠くものではないかが懸念される。
ただし、Yは、現在もうつ病の治療のために通院をし投薬治療やカウンセリングを受けており、Yのうつ病は、今後改善、治癒する可能性がある。また、Yは,医師からうつ病を根本的に治すために夫婦カウンセリングを受けることを勧められており,夫であるXも夫婦関係や嫁姑関係等について医師のカウンセリングを受け、Yのうつ病についての認識理解を深めることで、Yに対する治療効果の増進も期待できるのみならず、これにより、Y及びX双方の嫁姑関係、夫婦関係、親子関係に対する認識の齟齬がかなりの程度解消する可能性もある。
そもそも、XとYは、婚姻前の平成12年秋ころから同居し、円満な同棲関係から長男Cの出生を機に婚姻したものであって、相当期間円満な同居生活・婚姻生活を送ってきた夫婦であり、Xは,平成16年×月にYから○○市の居宅ヘ帰りたくない旨を言われるまでは、Yとの別居や離婚を考えたことはなく、Yの言動に離婚や別居を考えるほどの大きな不満は感じてはいなかったものであることを想起する必要がある。
XがYとの離婚を考えるようになったのは、平成16年×月にYが帰省先の控訴人の実家から○○市の居宅に帰りたくない旨を言い出した後、同年×月にXが帰宅するようYを説得するためにYの実家に赴き,Yと話し合いをしたころであり、Xは、これらの話し合いの中でのYの言動に嫌気がさしたり不信感を感じるようになって離婚を決意するに至ったものであるが、上記の時期は、Yがうつ病に罹患しながら、いまだ治療を受けていないか、あるいは治療が開始したばかりのころであって、上記の時期におけるYのXに対する感情的、攻撃的な言動は、うつ病の影響を受けたものでもあったと考えられる。また、Yは、治療により平成16年当時よりは症状が軽快しているとはいえ、現在もうつ病の治療中であり、現時点のXの母との関係等についての事実認識や言動も、うつ病の影響を受けている可能性が少なからず窺える。そうすると、Yのうつ病が治癒すれば、YとXの関係やYとX人の親族との関係も改善し、婚姻関係は円満に修復する可能性もなおあるのではないかと考えられる。
(4) (3)のように修復可能性に期待するには、もちろんXに無理を強いる面があることは否定し難い。前記のような感情的で反発的なYの態度に、Xが疲れ果て嫌気がさし、Yとこの先認識の食い違いを抱えたまま一緒に生活していくことは困難であると考えることは、その心情としては理解できないところではない。ただ、これをそのまま是認するのは,いささか躊躇を覚えるのである。というのも,Xは、Yからうつ病に罹患している旨を聞かされていながらこの治療に協力したりその治癒を待つことなく、平成16年×月に事実上の別居状態が開始してから4か月程しか経たない同年×月に早くも離婚調停を申し立て、平成17年×月に□□県のYの実家から○○市の居宅に戻ってきたYと正面から向き合わずに、同居や婚姻関係の修復を拒絶して、Xの実家で生活をするようになり、同所から歩いてわずか15分の距離にある○○市の居宅に居住する長男に会いに行くこともせず、現在までYらとの交流は避けているのであり、これはいささか感情に流された行動のように思われる。
そして、Xが離婚を考える原因となったYの言動は、うつ病の影響を受けたものである可能性があるのであるから、Yの治癒を待ち、Yの病気の影響を取り除いた状態で、Xに、Y及び長男Cとの今後の家族関係、婚姻関係に向き合う機会を持たせることが相当であると考えられる。
5) 上記の(1)から(4)を総合すると、次のとおりにいうことができる。すなわち,YとXの交流は平成17年×月ころからほとんどない状態となり、Yは,平成19年×月には,長男と共にYの実家近くのマンションに転居するなど、YとXの婚姻関係は破綻に瀕しているとはいえるが、Yは、現在も婚姻関係を修復したいという真摯でそれなりの理由のある気持ちを有していること、YとXは平成12年秋ごろから平成16年×月までの3年余りの期間同居しており、同居期間中少なくともXは,Yに対し大きな不満を抱くこともなく円満に婚姻生活を営んでいたのであるから,今後Yのうつ病が治癒し、あるいはYの病状についてのXの理解が深まれば、YとXの婚姻関係が改善することも期待できるところである。以上の諸事情を考慮すれば、YとXとの婚姻関係は、現時点ではいまだ破綻しているとまではいえない。
3 したがって、Y人とX人との間には、婚姻関係を継続し難い重大な事由があるとは認められず、Xの本訴請求には理由がない。
3年の別居期間があっても,婚姻関係の修復が可能と判示した点が特徴的です。夫が関係修復の意欲を有している妻と向き合おうとせず、早々に離婚調停を申し立て、その後も妻との交流を避けていたこと、及び、妻が攻撃的言動の原因となったうつの治療を行っていたことが、関係修復の可能性ありとの判断に作用したと思われます。