もうすぐ夏になります。夏になると、建設現場や工場などでは、高温、高湿度の状況下で仕事を行うことも多くなり、そうなると、熱中症になる危険性が高まります。熱中症は、命にかかわる危険な疾患です。企業は、労働者の熱中症予防のための適切な対策を予め講ずるとともに、労働者に熱中症を疑わせる症状が現れた場合は、すみやかに適切な対応を採る必要があります。

高温・高湿度の場所で仕事をしている労働者に、顔⾯蒼⽩、脱⽔、吐き気、めまい、⽴ちくらみ、急性の筋⾁痛、こむら返り、⼝の渇き、めまい、頭痛、イライラする、倦怠感等の症状が出た場合は、熱中症を疑って、早急に医療機関で診療を受けさせる必要があります。

厚労省が作成した、「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」は、とてもわかりやすく熱中症対策について解説しています。下記の厚労省のホームページからダウンロードできます。
働く人の今すぐ使える熱中症ガイド(厚労省ホームページ)

 

本件は、船舶の修理等の業務を行う会社に勤務する30代の社員がサウジアラビアに出張して、平成25年8月17日から屋外で浚渫船のバケット補修工事に従事していたところ、熱中症を発症して死亡した事案について、勤務先の会社に安全配慮義務違反があったとして4800万円余りの損害賠償責任を命じた判決です。この判決は、熱中症が命にかかわる疾患であり、企業が適切な熱中症対策を講じないと高額の賠償責任を負う可能性があることを示しています。

 

判決の重要部分を抜粋すると、下記のとおりです

(1)労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、労働者に対し、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解するのが相当である。
 そして、熱中症が、重篤な場合には死に至る疾患であることからすれば、使用者は、上記安全配慮義務の一環として、熱中症予防に努める義務を負うものと解される。
 前記認定事実のとおり、熱中症の危険性及びその対策に関しては、平成8年、17年、21年の各種通達、マニュアル、平成23年作成のパンフレット等(以下、これらを併せて「本件各通達等」という。)によって事業者及び労働者に対して繰り返し周知ないし注意喚起されていることが認められ(前記認定事実(1)イないしカ)、平成25年頃までには、高温環境下における作業について、熱中症の発症の危険性やその防止対策の必要性については、広く認識されていたというべきである。
 そして、本件各通達等は、WBGT値の計測、作業環境管理、作業管理、健康管理、安全衛生教育、救急処置等について具体的な対策内容を挙げており、その内容は相応の合理性を有するものといえるから、本件において被告会社が負うべき安全配慮義務の内容を検討する上で、参考とされるべきものと解する。

(2)そこで、本件において被告会社が負っていた安全配慮義務の具体的内容を検討する。
ア 本件各通達等は、作業者が受ける熱ストレスの評価を行う指標として、WBGT(注:暑さ指数)及びその測定方法を紹介し、WBGT値が基準値を超えるおそれがある場合には作業中に測定するよう努めることや、その値が基準時を超える場合には、より徹底した熱中症予防対策を行うことを要求している(前記認定事実(1)ウ、エ(ア)等)。
本件工事現場及び作業内容は、既に説示した作業環境や作業内容に照らし、WBGT値が基準値を超えることが予想される環境であったということができ、実際にもWBGT値が基準値を超えていたと認められることからすれば、作業中にWBGT値の測定を行うか、少なくとも気温と相対湿度を測定してW
BGT値を求めた上で、本件各通達等に記載された熱中症予防対策措置を徹底すべきであったといえる。
イ 被告会社は、Hが船に持ち込んだ温度計によって気温は適宜確認していたと認められるものの(前記認定事実(2)イ)、湿度について確認、記録した形跡はなく、本件各通達等で繰り返しその重要性が指摘されているWBGT値を確認する意識を欠いていたといえる。
 他方で、被告会社は、冷房の効いた休憩室に水やスポーツドリンク、梅干しや塩昆布等を準備したり、休憩時間を午前10時、正午、午後3時の3回、合計2時間と多めに確保したりするなど(前記認定事実(3)ア)、熱中症予防対策のための一定の措置を講じていたことは認められる。
 しかしながら、前記のとおり、本件工事現場は、WBGT値を超え、熱中症発生リスクの高い作業環境であったことからすれば、被告会社においては、そのような環境で作業に従事させる労働者らの健康状態に留意し、水や食事の摂取状況を把握したり、作業開始時や休憩時はもちろん、作業中であっても、頻繁に巡視をして声をかけたりして、労働者の健康状態等を把握し、体調がすぐれない労働者については作業を中止させるなどの措置を講ずべき義務があったというべきである(前記認定事実(1)エ②「水分及び塩分の摂取」「作業中の巡視」、③「労働者の健康状態の確認」等参照)。特に、本件において、亡Aは、平成25年8月18日の夕食時点で食欲不振の兆候が見られていたことからすれば、被告会社としては、その後の亡Aの食事の摂取状況や体調について十分に留意すべきであり、翌19日の午前の作業開始前や作業中、休憩時、昼食時、午後の作業開始時等の機会に亡Aの体調や食事の摂取の有無について確認した上で、遅くとも、亡Aが同日の昼食を摂取しなかったとの事実が生じた後の午後の作業開始時頃までには、亡Aの作業を中止させるなどの措置を講ずべき義務があったといえる。
 しかるに、Hは、同月19日の作業開始時から作業終了時にわたって亡Aの食事の摂取状況について把握をしておらず、作業中に声をかけるなどして亡Aの体調を確認した形跡もなく、その結果、亡Aは、食欲がなく、昼食も摂取しないまま、熱中症の発症リスクの高い午後の作業に従事することとなり(前記認定事実(1)オ(ア))、これが亡Aの熱中症の発症ないし増悪に決定的な影響を与えた可能性は否定し難い。
ウ 上記の各事情からすると、被告会社において、労働者の熱中症を予防するための十分な措置を講じる安全配慮義務に違反したというべきである。


(3)ア 被告らは、熱中症予防対策を実施したり、労働者の健康状態に気を配ったりしていた旨主張するが、上記(2)で説示したとおり、WBGT値の測定をしていなかったことや亡Aの体調等の確認をしないまま作業に従事させていたことからすれば、十分な熱中症予防対策がされたものと認めることはできず、上記主張は採用できない。
イ その他の被告らの主張も、上記(2)の判断を左右するに足りない。

(4)したがって、被告会社は、亡Aに対し、安全配慮義務違反(民法415条)に基づく損害賠償責任を負う。

 

 

労災事故

 

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