【事案の概要】
(1) 診療経過等
ア Xは,昭和63年10月29日,左脛骨高原骨折の傷害を負い,Y1病院に入院し,同病院の整形外科医であるY2の執刀により,骨接合術及び骨移植術(以下「本件手術」という。)を受けた。
イ Xは,平成元年1月15日,Y1病院を退院したが,その後,本件手術時に装着されたボルトの抜釘のために同年8月ころにY1病院に再入院するまでの間,Y1病院に通院してY2の診察を受け,リハビリを行った。
本件手術後の入院時及び上記通院時に,Xは,Y2に対し,左足の腫れを訴えることがあったが,Y2は,腫れに対する検査や治療を行うことはなかった。
ウ Xは,上記ボルトを抜釘してY1病院を退院した後は,自らの判断で,Y1病院への通院を中止し,その後,平成4年7月16日,平成7年6月3日及び平成8年8月3日に,それぞれ,肋骨痛,腰痛等を訴えてY1病院で診療を受けたことがあったものの,その際には,Y2に対し,左足の腫れを訴えることはなかった。
エ Xは,平成9年10月22日,Y1病院に赴き,Y2に対し,本件手術後,左足の腫れが続いているなどと訴えた。Y2は,レントゲン検査を行ったほか,左右の足の周径を計測するなどの診察を行ったが,左足の周径が右足のそれより3cmほど大きかったものの,左膝の可動域が零度から140度まであり整形外科的治療として満足できるものであったこと,圧痛もなく,xがこれまでどおり大工の仕事を続けることもできていたこと等からみて,機能障害はなく問題はないものと判断して,Xの上記訴えに対して格別の措置は講じなかった。
オ Xは,平成10年8月24日,右足の親指を打ったことによる痛みを訴えてY1病院で診療を受けたが,この際は,Y2に対し,左足の腫れを訴えることはなかった。
カ Xは,平成12年2月ころ,左くるぶしの少し上に鶏卵大の赤いあざができ,その後,左膝下から足首にかけて,無数の赤黒いあざができるなど,皮膚の変色が生じたことから,Y1病院で診察を受けた。Y2は,上記症状を診て,皮膚科での受診を勧めた。
キ Xは,平成13年1月4日,左足の腫れや皮膚の変色等の症状が軽快しないことを訴えて,Y1病院で診察を受けたが,Y2は,Xが皮膚科でうっ血と診断され,投薬治療を受けていたことから,レントゲン検査を行うにとどまった。
ク Xは,平成13年4月から10月にかけて,鳥取大学医学部附属病院,九州大学医学部附属病院及び神戸大学医学部附属病院に赴き,これら各病院において,それぞれ,左下肢深部静脈血栓症ないし左下肢静脈血栓後遺症(以下「本件後遺症」という。)と診断された。
(2) Xは,本件手術及びその後の臥床,ギプス固定による合併症として左下肢深部静脈血栓症を発症し,その結果,本件後遺症が残ったものであるが,下肢の手術に伴い深部静脈血栓症を発症する頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されるようになったのは,平成13年以降であり,上告人Y2は,上記(1)クの診断がされる以前において,Xの左足の腫れ等の症状の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らなかった。
(3) Xの左下肢深部静脈血栓症については,平成9年10月22日の時点では既に,適切な治療法はなく,治療を施しても効果は期待できなかった。
ア Xは,昭和63年10月29日,左脛骨高原骨折の傷害を負い,Y1病院に入院し,同病院の整形外科医であるY2の執刀により,骨接合術及び骨移植術(以下「本件手術」という。)を受けた。
イ Xは,平成元年1月15日,Y1病院を退院したが,その後,本件手術時に装着されたボルトの抜釘のために同年8月ころにY1病院に再入院するまでの間,Y1病院に通院してY2の診察を受け,リハビリを行った。
本件手術後の入院時及び上記通院時に,Xは,Y2に対し,左足の腫れを訴えることがあったが,Y2は,腫れに対する検査や治療を行うことはなかった。
ウ Xは,上記ボルトを抜釘してY1病院を退院した後は,自らの判断で,Y1病院への通院を中止し,その後,平成4年7月16日,平成7年6月3日及び平成8年8月3日に,それぞれ,肋骨痛,腰痛等を訴えてY1病院で診療を受けたことがあったものの,その際には,Y2に対し,左足の腫れを訴えることはなかった。
エ Xは,平成9年10月22日,Y1病院に赴き,Y2に対し,本件手術後,左足の腫れが続いているなどと訴えた。Y2は,レントゲン検査を行ったほか,左右の足の周径を計測するなどの診察を行ったが,左足の周径が右足のそれより3cmほど大きかったものの,左膝の可動域が零度から140度まであり整形外科的治療として満足できるものであったこと,圧痛もなく,xがこれまでどおり大工の仕事を続けることもできていたこと等からみて,機能障害はなく問題はないものと判断して,Xの上記訴えに対して格別の措置は講じなかった。
オ Xは,平成10年8月24日,右足の親指を打ったことによる痛みを訴えてY1病院で診療を受けたが,この際は,Y2に対し,左足の腫れを訴えることはなかった。
カ Xは,平成12年2月ころ,左くるぶしの少し上に鶏卵大の赤いあざができ,その後,左膝下から足首にかけて,無数の赤黒いあざができるなど,皮膚の変色が生じたことから,Y1病院で診察を受けた。Y2は,上記症状を診て,皮膚科での受診を勧めた。
キ Xは,平成13年1月4日,左足の腫れや皮膚の変色等の症状が軽快しないことを訴えて,Y1病院で診察を受けたが,Y2は,Xが皮膚科でうっ血と診断され,投薬治療を受けていたことから,レントゲン検査を行うにとどまった。
ク Xは,平成13年4月から10月にかけて,鳥取大学医学部附属病院,九州大学医学部附属病院及び神戸大学医学部附属病院に赴き,これら各病院において,それぞれ,左下肢深部静脈血栓症ないし左下肢静脈血栓後遺症(以下「本件後遺症」という。)と診断された。
(2) Xは,本件手術及びその後の臥床,ギプス固定による合併症として左下肢深部静脈血栓症を発症し,その結果,本件後遺症が残ったものであるが,下肢の手術に伴い深部静脈血栓症を発症する頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されるようになったのは,平成13年以降であり,上告人Y2は,上記(1)クの診断がされる以前において,Xの左足の腫れ等の症状の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らなかった。
(3) Xの左下肢深部静脈血栓症については,平成9年10月22日の時点では既に,適切な治療法はなく,治療を施しても効果は期待できなかった。
Xが、Y1・Y2に対して、期待権侵害等を理由に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起。
【第1審】 請求棄却
平成9年10月の時点で、Y2には専門医に紹介するなどの義務を怠った過失があるとしたが、この過失と後遺症との間の因果関係はなく、後遺症が残らなかった相当程度の可能性もないとしたうえ、期待権侵害の主張を排斥した。
平成9年10月の時点で、Y2には専門医に紹介するなどの義務を怠った過失があるとしたが、この過失と後遺症との間の因果関係はなく、後遺症が残らなかった相当程度の可能性もないとしたうえ、期待権侵害の主張を排斥した。
【原判決】
Y2が,必要な検査を行い,又は血管疾患を扱う専門医に紹介する義務を怠ったことにより,Xに本件後遺症が残ったとはいえず,また,Xが,本件後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたともいえないとしたものの,その当時の医療水準にかなった適切かつ真しな医療行為を受ける期待権が侵害された旨のXの主張については,次のとおり判断して,Xの請求を慰謝料300万円の限度で認容した。
Y2は,平成9年10月22日の時点で,専門医に紹介するなどの義務を怠り,Xは,これにより,約3年間,その症状の原因が分からないまま,その時点においてなし得る治療や指導を受けられない状況に置かれ,精神的損害を被ったということができるから,Yらは,Xに対し,上記損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
Y2は,平成9年10月22日の時点で,専門医に紹介するなどの義務を怠り,Xは,これにより,約3年間,その症状の原因が分からないまま,その時点においてなし得る治療や指導を受けられない状況に置かれ,精神的損害を被ったということができるから,Yらは,Xに対し,上記損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
【本判決】 原判決のYらの敗訴部分を破棄し、Xの控訴を棄却
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,Xは,本件手術後の入院時及び同手術時に装着されたボルトの抜釘のための再入院までの間の通院時に,Y2に左足の腫れを訴えることがあったとはいうものの,上記ボルトの抜釘後は,本件手術後約9年を経過した平成9年10月22日にY1病院に赴き,Y2の診察を受けるまで,左足の腫れを訴えることはなく,その後も,平成12年2月以後及び平成13年1月4日にY1病院で診察を受けた際,Y2に,左足の腫れや皮膚のあざ様の変色を訴えたにとどまっている。これに対し,Y2は,上記の各診察時において,レントゲン検査等を行い,皮膚科での受診を勧めるなどしており,上記各診察の当時,下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもない。そうすると,Y2が,Xの左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず,専門医に紹介するなどしなかったとしても,Y2の上記医療行為が著しく不適切なものであったということができないことは明らかである。患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは,当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ,本件は,そのような事案とはいえない。したがって,Yらについて上記不法行為責任の有無を検討する余地はなく,Yらは,被上告人に対し,不法行為責任を負わないというべきである。
本判決は、医療行為が著しく不適切な場合には、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるが、本件はそのような事案ではないとしたものです。相当程度の可能性すら認められない場合に、期待権の侵害のみを理由として不法行為責任が認められるのは、医療行為の名に値しないような粗雑な診療行為を受けたような極端な場合になろうかと思われます。