今回紹介する東京高裁平成30年12月5日判決は、別居期間が7年継続していたケースですが、婚姻関係維持の努力や別居中の相手方配偶者や同居家族への配慮が全くなかったとして、離婚の意思が強固であっても、婚姻を継続し難い重大な事由があるとは言えないとし、さらに、別居期間が7年に及んだことが婚姻を継続しがたい重大な事由に当たるとしても、離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されないとして離婚請求を棄却した判決です。

別居期間が長期間に及んでさえいれば当然に離婚判決を得られるという考え方を否定する判決であり、参考になります。

【東京高裁平成30年12月5日判決】

 1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
 (1) XとYは,知人の紹介で知り合い,平成5年8月31日に婚姻の届出をした。XはA株式会社の会社員として稼働し,Yは専業主婦として家事に従事した。平成9年2月には長女が,平成15年2月には二女が出生した。
 (2) Xは,婚姻後平成23年6月までの約17年10か月のうち,約11年10か月が海外赴任しており,そのうち,バンコクでは4年半程度Y(長女出産後は長女も)も同伴赴任していたが,シンガポールでは平成18年3月から約1年間同伴赴任しただけであった。もっとも,休暇時などは,赴任先や日本国内で家族が合流して,旅行等をして通常の家族と同じ状態にあり,平成23年7月までの間,夫婦の婚姻関係に格別の問題は存在していなかった。
 (3) Xの実父の亡一郎は,栃木県内の原告実家で一人暮らしをしていた。亡一郎が高齢のため一人暮らしが困難になり,夫婦で話し合った結果,3LDK(71.2平方メートル)の東十条の中古マンションを現金で購入して,東十条のマンションで亡一郎と同居して面倒をみることになった。Yと子らは平成19年3月にシンガポールから帰国して東十条のマンションでの生活を開始した。亡一郎は,平成21年11月14日(当時80歳)に東十条のマンションに引っ越し,Y及び子らと4人で同居しながら,Yに日常生活の面倒をみてもらうようになった。亡一郎は,生活費等として,Yに月額10万円を渡すようになったが,このことをXには秘密にしていた。亡一郎は,同居開始時に呼吸器障害(肺気腫)により酸素マスクを使用したり,介護用のベッドを必要としたりする状態であり,翌平成22年には身体障害者手帳の交付を受け,要介護2の認定を受けた。Xは,一時帰国の際に東十条のマンションを訪れるなどして交流を続けており,XとYは,別居しながらも円満に生活していた。
 (4) Xは,シンガポールでは東十条のマンションより広い住居に一人で住んでいたので,平成22年9月に帰国してからの東十条のマンションでの家族5人の生活は,窮屈であった。
 そこで,夫婦で話し合って,より広いマンションに住み替えることに決め,一緒に物件探しをして,5LDK(103平方メートル)の新田のマンションをローン負担なしで現金で購入し,平成23年5月29日に亡一郎を含む家族5人で転居した。前後して,亡一郎がリフトで乗降可能な大型ミニバン車も購入し,東十条のマンションは売却した。
 Xは,勤務先が東日本大震災を理由にサマータイム制を実施することになり,始発バスに乗っても始業時刻に間に合わないかもしれないため,同年6月11日からサマータイム期間中の予定で,勤務先の近隣の南品川の賃貸マンションに単身赴任することにした。第1審原告は,南品川への単身赴任開始時には,離婚の意思は有していなかった。
 (5) Xは,南品川に単身赴任を開始して1か月半ほど経過した平成23年7月25日,電話で,突然,Yに対して離婚したい旨を告げた。Yは,Xから意図や動機の説明もなく,亡一郎や中学3年と小学3年の2人の子の世話のことも考えると離婚の申出を現実の話として受け入れることができなかった。Xは,Yや亡一郎による大型ミニバン車の使用を不可能にした。
 第1審原告は,同年6月11日以降,当時中学3年と小学3年の子2人の監護と,要介護2で肺気腫による呼吸機能障害等級1級の障害のある亡一郎の介護を第1審被告に任せたまま,離婚の理由や離婚後の亡一郎,子2人及び第1審被告の生活設計の構想についての説明や話し合いを全くしないで,別居生活を7年間以上続けている。
 (6) Xは,離婚について弁護士と相談し,弁護士からのアドバイスにより,別居をある程度長期間継続すれば必ず裁判離婚が実現できるので別居を継続すること,離婚の際の財産分与の額は別居時の夫婦財産が基準となるので,新田のマンションの価額の半分を分与すればよく,将来の退職金や今後の貯金を分与する必要はないこと,離婚が成立するまでは子らと原則として会わないこと,亡一郎及びYとも原則として会わないこと,亡一郎と子らの面倒をみるのはYの負担とすること,月額20万円程度の婚姻費用をYに送金することを基本方針として実行することにした。
 Xの代理人弁護士(当時)は,平成23年11月,Yを相手方として東京家裁に夫婦関係調整(離婚)調停を申し立てた。平成24年1月にX代理人弁護士(当時)からYに送付した文書には,下記のような記載がある。
                       記
 別居が一定期間継続すれば,Xは,裁判により離婚することができます。別居が一定期間継続した後に,行われる離婚の訴訟では,貴女が離婚をしたくないと主張をしたとしても,裁判所は,婚姻を継続し難い重大な事由があるとして,離婚を認めることになります。すなわち,貴女が離婚をしたくないと考えたとしても,日本の法律のもとでは,離婚が認められてしまうことになるのです。裁判所が,離婚を認めた場合には,裁判所が,Xと貴女の間の法律関係・財産関係を法律に基づいて,機械的に処理することになります。(中略)財産分与は,結婚から別居までの婚姻期間中に形成された財産を分けるものですので,別居後に増えた財産は対象となりません。そのため,いつ離婚をしたとしても財産分与の額が増えることはありません。もっとも,不動産については,清算を行う時点で評価を行いますので,築年数の経過により,不動産の価値が減少し,財産分与の額は減少することになります。(中略)貴女とXが離婚を避けることはできず,裁判による離婚では,財産分与及び養育費はおおむね機械的に定められることになりますが,当方としては,貴女及びお子様達の今後の生活を考慮し,離婚に関する問題について話し合いを行うことを前提に,以下のご提案をさせていただきます。(中略)Xも,現時点では,法律に従い,不動産を売却して売却益を折半とする方法での財産分与を考えております。もっとも,離婚を協議で進めていただけるようでしたら,売却益の折半よりも貴女に有利な方法での財産分与を行うこともやぶさかではありません。(中略)裁判により離婚が成立することになりますと,養育費は算定表に基づいて金額を定められることになり,Xと貴女の場合には,18万円程度となります。養育費は,お子様の生活にかかる費用を負担するものですので,婚姻費用よりも金額が下がりますが,協議による離婚であれば,婚姻費用に近い額で養育費を定めたいと考えております。(中略)先日,貴女から,なつこ様(二女)がXに会いたいとおっしゃっているとお電話でお聞きをしましたが,離婚について争いがある現状では,Xもお子様とスムーズにお会いできない状況にあります。当方としては,1日も早く離婚を行うことがお子様の安定にもつながるものと考えております。
 (7) 平成24年6月に亡一郎が調停委員会に提出した手書きの文書には,要旨,「① Yに渡していた月額10万円のことをXは知らないと思っていた,② Xと孫2人及び亡一郎がいつでも話せる携帯電話がほしい,③ 亡一郎の通院のため乗用車を購入してほしい,④家族が絆を断つことなく家族の許に戻り今迄通り幸せに仲良く暮らす事を強く願う。」という記載がある。Xは,亡一郎の願いを一切かなえなかった。
 その後,調停は不調となり,Xの代理人弁護士(当時)は,平成24年10月にYを被告として東京家裁に離婚訴訟を提起した。この訴訟で,Xは,Yと子ら2人だけがシンガポールから日本に帰国した平成19年3月以降,夫婦関係は悪く,別居状態にあった旨の虚偽主張をして,Yの心情をいたく傷つけた。第1審判決では,婚姻関係を継続し難い重大な事由はないと判断されて,Xの請求が全部棄却され,平成25年10月30日には控訴棄却判決が言い渡されて確定した。
 この間,平成24年12月21日,XがYに対して月額25万円の婚姻費用を支払う調停が成立し,履行されている。また,Yは,体調の不良により検査を受けたところ,変形性頚椎症,脊柱管狭窄,神経根症の診断を受けた。
 亡一郎は,自己や孫2人の面倒を一生懸命みてくれるYの将来を気にして,亡一郎とYとの養子縁組の同意署名を求めてXに連絡をとったが,弁護士に電話せよというばかりで直接の連絡を拒絶された。亡一郎は,Yや孫2人の将来をますます案じて,Xに連絡をとらないまま,栃木県所在の実家不動産の売却余剰金をYに贈与し,生命保険の保険金受取人を子ら(春子と夏子。亡一郎の孫)に変更し,平成25年10月には,亡一郎とYとの養子縁組の届出をした。
 (8) Xは,平成25年に長崎に転勤し,平成26年4月に東京(本社)に転勤し,平成28年5月には宇都宮(現勤務地)に転勤したが,転勤の事実及び転勤先における住所・連絡先をY及び亡一郎ら家族に知らせなかった。
 Y及び亡一郎は,平成26年以降も,Xの代理人弁護士(当時)や勤務先に宛てて,子らの写真及び手紙などを送付するなどして連絡をとろうとしていたが,直接の対応は全部拒絶された。
 Yは,平成27年5月頃,被扶養者としてXの健康保険組合の手続をする過程で偶々Xの居住先を知り,亡一郎を伴って同所を訪れたが面会できなかった。その後まもなく,1回目の調停及び訴訟を担当し,前記文書をYに送付した弁護士が,Xの代理人を辞任した。
 (9) 亡一郎は,Yの献身的な介護を受け続けて,平成28年11月28日に死亡した。葬儀に訪れたXは,Yと亡一郎との養子縁組,亡一郎の生命保険の受取人の変更及び実家の売却金のYへの贈与の事実を聞かされた。Xの現在の訴訟代理人は,Yを相手方として平成29年1月30日に東京家裁に夫婦関係調整(離婚)調停を申し立てたが,同年4月26日に不成立となった。
(10)Xの現在の訴訟代理人は,平成29年6月6日に本件訴訟を提起し,さらに,Yを相手方として婚姻費用減額調停を申し立てた。
 同年11月1日に,XとYとの間で,①同月分以降の婚姻費用を20万円に減額すること,②二女の塾の費用,高校の学費及び進学に伴う特別の出費を要する場合には,その負担につき当事者間で別途協議して定めること,③Y及び二女の病気,事故等特別の出費を要する場合には,その負担につき当事者間で別途協議して定めること,④Yの居住するマンションの今後の固定資産税をXが負担することを内容とする調停が成立した。
 長女は私立高校を卒業した。二女も同じ私立高校への入学を希望したが,Xから,婚姻費用とは別に学費を負担することを拒否された。そこで,二女は,平成30年4月から,都立高校に通学している。
 現在,Xの離婚の意思は強固である。Yは,Xから正直に話してもらえれば,話し合いながら婚姻関係が改善していくと考えている。
(11)長女は,就職して就職先の寮に居住し,経済的に自立している。二女は,Yと同居し,平成30年4月から都立高校に進学し,現在,塾代をYが負担している。
 子らは,いずれも,Xが突然別居を開始してYに対して離婚を求めて以降,Yが苦労している状況を直接見ており,亡一郎の介護に協力してきたもので,現在でも,両親の離婚に強く反対している。
 Yは,平成29年5月に不整脈の診断を受けて大学病院での治療を指示され,膝関節痛もある。Yは,現在も無職であり,就業することによって身体に負担がかかり,体調が悪化することを懸念されている。
 他方,Xは,現在もA株式会社に勤務しており,平成28年度の収入(課長職)は1112万6964円である。
 2 Xの離婚請求の当否について
 (1)婚姻も契約の一種であり,その一方的解除原因も法定されている(民法770条)が,解除原因(婚姻を継続し難い重大な事由)の存否の判断に当たっては,婚姻の特殊性を考慮しなければならない。殊に,婚姻により配偶者の一方が収入のない家事専業者となる場合には,収入を相手方配偶者に依存し,職業的経験がないまま加齢を重ねて収入獲得能力が減衰していくため,離婚が認められて相手方配偶者が婚姻費用分担義務(民法752条)を負わない状態に放り出されると,経済的苦境に陥ることが多い。また,未成熟の子の監護を家事専業者側が負う場合には,子も経済的窮境に陥ることが多い。一般に,夫婦の性格の不一致等により婚姻関係が危うくなった場合においても,離婚を求める配偶者は,まず,話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力すべきであるが,家事専業者側が離婚に反対し,かつ,家事専業者側に婚姻の破綻についての有責事由がない場合には,離婚を求める配偶者にはこのような努力がより一層強く求められているというべきである。また,離婚を求める配偶者は,離婚係争中も,家事専業者側や子を精神的苦痛に追いやったり,経済的リスクの中に放り出したりしないように配慮していくべきである。ところで,Xは,さしたる離婚の原因となるべき事実もないのに(Xが離婚原因として主張する事実は,いずれも証明がないか,婚姻の継続を困難にする原因とはなり得ないものにすぎない。),南品川に単身赴任中に何の前触れもなく突然電話で離婚の話を切り出し,その後はYとの連絡・接触を極力避け,婚姻関係についてのまともな話し合いを一度もしていない。これは,弁護士のアドバイスにより,別居を長期間継続すれば必ず裁判離婚できると考えて,話し合いを一切拒否しているものと推定される。離婚請求者側が婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠るという本件のような場合においては,別居期間が長期化したとしても,ただちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難である。Yが話し合いを望んだが叶わなかったとして離婚を希望する場合には本件のような別居の事実は婚姻を継続し難い重大な事由になり得るが,話し合いを拒絶するXが離婚を希望する場合には本件のような別居の事実が婚姻を継続し難い重大な事由に当たるというには無理がある。したがって,婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから,Xの離婚請求は理由がない。
 (2) 仮に,婚姻関係についての話し合いを一切拒絶し続けるXが離婚を請求する場合においても,別居期間が平成23年7月から7年以上に及んでいることが婚姻を継続し難い重大な事由に当たるとしても,Xの離婚請求が信義誠実の原則に照らして許容されるかどうかを,検討しなければならない。
離婚請求は,身分法をも包含する民法全体の指導理念である信義誠実の原則に照らしても容認されることが必要である。離婚請求が信義誠実の原則に反しないかどうかを判断するには,①離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無,態様,程度,②相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情,③離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的,社会的,経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況,④別居後に形成された生活関係,⑤時の経過がこれらの諸事情に与える影響などを考慮すべきである(有責配偶者からの離婚請求についての最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁の説示は,有責配偶者の主張がない場合においても,信義誠実の原則の適用一般に通用する考え方である。)。X代理人(当時)による「別居が一定期間継続した後に行われる離婚の訴訟では(中略)日本の法律のもとでは離婚が認められてしまう」という極端な破綻主義的見解(有責配偶者からの請求でない限り,他にどのような事情があろうと,別居期間がある程度継続すれば必ず離婚請求が認容されるというもの)は,当裁判所の採用するところではない。
本件についてこれをみるのに,婚姻を継続し難い重大な事由(話し合いを一切拒絶するXによる,妻,子ら,病親を一方的に放置したままの7年以上の別居)の発生原因は,専らXの側にあることは明らかである。他方,Yは,非常に強い婚姻継続意思を有し続けており,Xに対しては自宅に戻って二女と同居してほしいという感情を抱いている。離婚を認めた場合には,Xの婚姻費用分担義務が消滅する。専業主婦として婚姻し,職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰し,Xの不在という環境下で亡一郎及び子2人の面倒を一人でみてきたことを原因とする肉体的精神的負担によるとみられる健康状態の悪化に直面しているYは,離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務の消滅と財産分与を原因として新田のマンションという居住環境を失うことにより,精神的苦境及び経済的窮境に陥るものと認められる。二女もまた高校生であり,Xが相応の養育費を負担したとしても,Yが精神的苦境及び経済的窮境に陥ることに伴い,二女の監護・教育・福祉に悪影響が及ぶことは必至である。他方,これらのY及び二女に与える悪影響を,時の経過が軽減ないし解消するような状況は,みられない。第Xは,婚姻関係の危機を作出したという点において,有責配偶者に準ずるような立場にあるという点も考慮すべきである。そして,本件の事実関係の下においては,亡一郎とYとの養子縁組の届出がXの同意を得ないまま行われたことは,Xが亡一郎及びYとの連絡を絶つという姿勢をとっていたことにも原因があるのであって,Y側の信義誠実義務の原則に反する事情として評価することは,不適当である。同様に,Xに知らせないまま亡一郎の生命保険金受取人がXから子らに変更されたこと及びYが亡一郎から実家不動産の売却余剰金の贈与を受けたことを,Y側の信義誠実の原則に反する事情として評価することも,不適当である。以上の点を総合すると,本件離婚請求を認容してXを婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり,Xの離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されない。Xは,今後も引き続きYに対する婚姻費用分担義務を負い,将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資としてYに給付していくべきであって,同居,協力の義務も果たしていくべきである。
 第4 結論
 以上によれば,Xの本件離婚請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なりXの本件離婚請求を認容した原判決は失当であって,Yの本件控訴は理由があるから,主文のとおり判決する。
 
 
 

離婚

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