離婚原因である、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)とは、「夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり,その回復の見込みがなくなった場合」をいいます(最高裁昭和62年9月2日大法廷判決)。
「婚姻を継続し難い重大な事由」があるかどうかは、婚姻中における両当事者の行為や態度、婚姻継続意思の有無、子の有無・状態、双方の年齢、性格、健康状態、経歴、職業、資産状況など、当該婚姻関係に現れた一切の事情を総合考慮して判断されます。
ですので,夫が妻に対して暴力を振るっていたり、不貞行為を行ったという婚姻関係の破綻を基礎づける明確な事実があれば別ですが、そのような事実がない場合、こういう事情があれば、「婚姻を継続し難い重大な事由」ありと判断してもらえますよ、と簡単に述べることはできません。ただ、離婚を求めている者の離婚する意思がいかに強固であっても、それだけでは、「婚姻を継続し難い重大な事由」ありと判断してはもらえません。長期間の別居等の付加的な事情が必要といえます。
下記の東京高裁平成13年1月18日判決は、概要、夫は仕事一筋に定年まで働き、妻に暴行したり浮気をすることもなかった反面、亭主関白で家庭内のことはせず、妻に対して思いやりのない言動があったという事案について、妻の離婚請求を認めた第1審判決を破棄して、妻の離婚請求を棄却しました。
【東京高裁平成13年1月18日判決】
「このように、X(妻)及びH(長女)がY(夫)と対立する中、長男のKは、その陳述書において、まず、XとYにつき、「Xは、家庭内の細かいことに口を出すことはなく、母が子らの話を聞いたり、その相談に乗っていた。母は、進学や就職といった重要な事柄については必ず父に意見を求め、父もこれに応えていたようです。母は細かい性格で、つくすタイプ。時にはそれが過剰サービスとも思えるほどでした。父は、亭主王関白型で、家庭内のことは一切何もしないタイプ。何もしないことが当たり前になっていたかもしれません。口に出して感謝の言葉を言うタイプでもありませんでした。」「ただ、父も口には出しませんでしたが、・・母が胃癌で入院・手術を余儀なくされたときは心配していたようで、私たちにはひとことも言わずに、一人で見舞いに行ったりしていました。少なくともこのころまではお互いに多少の不満はあるものの、家族の絆のしっかりした他の人にも自慢のできるほどの家庭だったと思います。」と述べた上、両親が離婚をすることを望んでいないとして、その理由につき、「40年近くもの間、一つの家庭を営んできたわけですから、お互いに不平不満があったのは当然だと思います。本来であれば日常の生活において、お互いが話し合いその不満を解消するなり、相手に言動を是正してもらうよう努めてくるのがあるべき姿だと思います。両親の場合はそれができていなかったためにこのような状態になったのだと思います。まずは、二人の間で十分に議論し、自分の考えを相手に知らしめ、できることなら納得してもらうよう努めて欲しいと思っています。難しいことかも知れませんが、それが長年一緒に暮らしてきた相手に対する責任でもあると思います。」「高齢になってきた両親が別々に生活することに不安があります。金銭的には、離婚後現在の収入や資産を分割した上で、それぞれの生活が成り立つのかどうかも心配です。」「やはり両親には、仲の良いとはいわないまでも普通の夫婦であって欲しいと思います。」旨述べている(Kの供述)」。
「Xは、「Yとの婚姻生活は、当初から、Xの感情や望みは押し殺して、趣味を楽しむことも許されず、ひたすらYが気に入るような生活をすることを優先する生活であった。子供が一人前になるまでは離婚はできないと考え、必死で我慢してやってきた。」旨主張し、原審における本人尋問において、「Yは、家事に協力することはなく、優しい言葉をかけるといったこともなかった。暴力を受けたことはないが、精神的な暴力を受けた。もう同じ家にいるのもつらいので離婚するしかないと決心して家を出た。」などとして、右主張に沿う供述をする。これに対し、Yは、原審における本人尋問において、Xが主張するような事実はない旨反対趣旨の供述をする。
事柄の性格上、Xの主張する事実の存否を確定することは困難であるが、Kの供述やXが胃癌で入院する際に作成した昭和61年2月2日付けの手紙の内容等からすると、昭和61年ころまでは、Xも、Yを信頼し、一応円満といえる婚姻生活を送っていたものと認められる。したがって、Xが主張するように、Yとの婚姻生活が当初から苦しいことのみであったなどとは認め難い。しかし、その後、次々に疾病がXをおそう中、Xが次第に家事労働を苦痛とするようになっていたのに対し、Yは、これをXの怠惰さに原因するものとして、Xに十分な理解を示さなかったため、XがYには思いやりがないと思い込むようになったのではないかと思われる。他方、Xも、Yが仕事第一に精励し、家庭生活上も相応の配慮をしていたことを十分に認識せず、また、次々と疾病に見舞われる中で自らの置かれている立場や老後の生活について適切な判断ができていないふしがある。そして、XとYの長年にわたる婚姻生活にかかる前記の事情を見ても、Yには、Xの立場を思いやるという心遣いに欠ける面があったことは否定できないものの、格別に婚姻関係を破綻させるような行為があったわけではない。XとYの関係が通常の夫婦と著しく異なっているわけでもない。そして、XとYは現在別居状態にあるものの、これもXがHと共に自宅を出たために生じたものであり、Xが一方的にYとの同居生活を拒否しているというべきものである。
なるほど、XとYは、平成9年10月11日以降、別居状態にあり、YとHとの確執もあって、このまま推移すると、XとYの婚姻関係が破綻に至る可能性がないではない。しかし、Yは、XとYの年齢やXの身体的条件等をも考慮すると、離婚という道はさけるべきてあるとして、Xとの婚姻関係の継続を強く望んでいる。また、長男のKも、前記のとおり、XとYの婚姻関係の継続を望んでいる。そして、HとYとの間には確執があって、Hの意向がXの意向に強く関わっていることが窺われるが、Hに今後自立した人生を歩ませるという観点からも現状は好ましいものではない。
右のような諸事情を総合考慮すると、XとYが平成9年10月以降別居状態にあり、Xの離婚の意向が強いことを考慮しても、現段階で、XとYの婚姻関係が完全に破綻しているとまで認めるのは相当でないというべきである。
Yは相応の社会的経験を有し、社会の良識に従った対応が期待できるものと思われる。この訴訟の結果を受けて、今一度、長年にわたって形成されてきた婚姻関係につき再考し、改めるべき点は改め、Kらの協力を得なから、和合のための努力が試みられるべきてある。それても、なお、関係の修復が図れず、いずれかが離婚を選択したいと考える場合は、その段階で、再度、離婚の当否について検討するという道筋を採るべきである。以上のとおりであるから、Xの本件離婚請求は理由がない。
第1審判決は、妻が家を出てから2年が経過していること、双方が夫婦関係を修復するための行動をとろうとしなかった等の理由から、「婚姻を継続し難い重大な事由」ありとしたのですが、上記控訴審判決は,夫婦関係の修復が可能と判断したのです。