【事案の概要】
Xは昭和61年2月12日から精神病院に入院し、フェノバール、テグレトール等の多種類の向精神薬の投与を受けた。同年3月20日、Xに全身の発赤、発疹、手掌の腫脹が認められ、Y医師らは、テグレトールによる薬疹を疑い、その投与を中止したが、フェノバールの投与は中止しなかった。Xに不穏な症状が見られたとして、同年3月29日からフェノバールを2倍に増量投与し、同年4月7日にXの口角両側にびらん、両手に皮膚炎が認められたことからフェノバールの投与を4分の3に減量し、同月14日まで同量を投与した。Xは同月8日、両手指皮の剥離が目立つようになり、同月9日、皮膚粘膜症状が悪化し、同月13日からチアノーゼ様、悪寒の症状が加わり、同月15日には、38度を超える発熱があり、全身が紫斑様を停止、全身に浮腫、顔面に落屑が認められ、同日、フェノバールの投与が中止された。同日以降、高熱が続き、皮膚症状も改善されず、転院後の同月21日、口唇粘膜のびらん、眼充血、眼脂分泌増加等の眼症状も現れ、同月24日、眼脂多量との臨床所見が認められた。その後、Xには眼障害による視覚障害1級の後遺障害が残った。Xが訴訟提起。
Xは昭和61年2月12日から精神病院に入院し、フェノバール、テグレトール等の多種類の向精神薬の投与を受けた。同年3月20日、Xに全身の発赤、発疹、手掌の腫脹が認められ、Y医師らは、テグレトールによる薬疹を疑い、その投与を中止したが、フェノバールの投与は中止しなかった。Xに不穏な症状が見られたとして、同年3月29日からフェノバールを2倍に増量投与し、同年4月7日にXの口角両側にびらん、両手に皮膚炎が認められたことからフェノバールの投与を4分の3に減量し、同月14日まで同量を投与した。Xは同月8日、両手指皮の剥離が目立つようになり、同月9日、皮膚粘膜症状が悪化し、同月13日からチアノーゼ様、悪寒の症状が加わり、同月15日には、38度を超える発熱があり、全身が紫斑様を停止、全身に浮腫、顔面に落屑が認められ、同日、フェノバールの投与が中止された。同日以降、高熱が続き、皮膚症状も改善されず、転院後の同月21日、口唇粘膜のびらん、眼充血、眼脂分泌増加等の眼症状も現れ、同月24日、眼脂多量との臨床所見が認められた。その後、Xには眼障害による視覚障害1級の後遺障害が残った。Xが訴訟提起。
【原判決】
Xがフェノバールの副作用により、Xが4月15日以降同月24日ころまでにスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)を発症して失明状態に至ったと認定したが、医師の過失を否定し、Xの請求を棄却した。Xが上告。
【本判決】
破棄差し戻し。
「2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 本件症候群(注:スティーブンス・ジョンソン症候群)について
(1) 本件症候群(注:スティーブンス・ジョンソン症候群)について
本件症候群は、多種類の原因(薬物又は細菌,ウイルス等の微生物)によって発症する全身性の反応性皮膚粘膜症、すなわち、口くう粘膜、陰部、外眼部に炎症症状を伴う熱性発しん症であり、多形しん出性紅はん症候群の重症型である。病理学的には、真皮上層に血管周囲性細胞しん潤があり、アレルギー反応Ⅲ型、すなわち、免疫複合体による血管炎とも考えられ、表皮壊死があり、浮しゅも著明で水ほうが発生する。臨床症状は、一般に急激であり、多少の違和感を伴うこともあるが、明らかな前駆症状もなく発熱し、発熱に続いて皮膚粘膜しん及び眼病変が出現し、紅はんや水ほうは、全身に見られ、眼科的には偽膜を伴う激しい結膜炎、角膜かいよう、眼けん浮しゅなどが見られ、失明に至ることもある。したがって、その診断基準は、原因不明の発熱、皮膚粘膜の発しん、水ほう、壊死、眼症状を伴う多形しん出性紅はん症候群である。
本件症候群の約50%は原因不明であるが、その原因として、薬剤(特に抗菌薬、スルフォマイド、フェニールブタゾン、抗てんかん剤、バルビツレート等)、微生物、特に細菌(黄色ブドウ球菌、溶血性連鎖球菌等)、ウイルス(ヘルペス属ウイルス,アデノウイルス等)、マイコプラズマ等が基盤となり、過敏体質、自己免疫反応の機序が働くものと考えられている。
(2) 本件薬剤(注:フェノバール)について
本件薬剤は、副作用としてまれに本件症候群が現れることがあり、その結果として失明に至ることもある。昭和61年3月当時の本件薬剤の添付文書(以下「本件添付文書」という。)には、「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症 ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には、投与を中止すること。 (2)皮膚 まれにStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)、Lyell症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること。」と記載されている。」
本件症候群の約50%は原因不明であるが、その原因として、薬剤(特に抗菌薬、スルフォマイド、フェニールブタゾン、抗てんかん剤、バルビツレート等)、微生物、特に細菌(黄色ブドウ球菌、溶血性連鎖球菌等)、ウイルス(ヘルペス属ウイルス,アデノウイルス等)、マイコプラズマ等が基盤となり、過敏体質、自己免疫反応の機序が働くものと考えられている。
(2) 本件薬剤(注:フェノバール)について
本件薬剤は、副作用としてまれに本件症候群が現れることがあり、その結果として失明に至ることもある。昭和61年3月当時の本件薬剤の添付文書(以下「本件添付文書」という。)には、「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症 ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には、投与を中止すること。 (2)皮膚 まれにStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)、Lyell症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること。」と記載されている。」
「(6) 上告人の本件症候群発症の時期,原因
ア 上告人は,4月15日以降同月24日ころまでに本件症候群を発症し,これに由来する眼障害が高じて失明状態に至った。
イ 薬剤の副作用については,一般に,原因薬剤を除去すれば症状が軽快することが多く,また,副作用が発生した時期の1,2週間前から投与された薬剤がその原因として最も疑わしいとされること,本件において,テグレトールは,上告人の全身症状が急激に悪化した4月13日ないし同月15日から2週間以上も前の3月20日に投与が中止されていること,これに対し,本件薬剤は,上告人の全身症状急変のほぼ2週間前の同月29日から2倍に増量して投与されてきたことなどに照らすと,上告人の本件症候群の症状の1つとしての眼症状は,本件薬剤の副作用を原因として発症したものと推認される。」
ア 上告人は,4月15日以降同月24日ころまでに本件症候群を発症し,これに由来する眼障害が高じて失明状態に至った。
イ 薬剤の副作用については,一般に,原因薬剤を除去すれば症状が軽快することが多く,また,副作用が発生した時期の1,2週間前から投与された薬剤がその原因として最も疑わしいとされること,本件において,テグレトールは,上告人の全身症状が急激に悪化した4月13日ないし同月15日から2週間以上も前の3月20日に投与が中止されていること,これに対し,本件薬剤は,上告人の全身症状急変のほぼ2週間前の同月29日から2倍に増量して投与されてきたことなどに照らすと,上告人の本件症候群の症状の1つとしての眼症状は,本件薬剤の副作用を原因として発症したものと推認される。」
「3 原審は,上記事実関係に基づき,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
(1) 上告人は3月半ばころから発しんを生じ,同月20日には被上告人Bも全身の発赤を認めたものであるが,① 当時の上告人の精神症状は,活発かつ不安定であり,向精神薬を全面的に中止すれば精神症状が急激に悪化する危険性があったこと,② 薬しんの発生は,向精神薬の投与に際して必ずしもまれでなく,精神科薬物療法においては,副作用の出現を認めた場合,使用薬剤の全面中止をすることはまれであって,副作用を起こす可能性の最も高い薬剤を中止して経過を観察する方法が採られるのが一般的であること,③ 薬しんの発生自体は,本件症候群の発症を推測させる徴候であるとは必ずしもいえず,当時,一般の精神科医が有する知識,経験等によっては,上告人の本件症候群の発症を予測することはできなかったこと,④ 被上告人Bは,3月20日,薬しんの頻度の高いテグレトールの投与を中止して薬しんの経過の観察を始めたこと,⑤ 本件薬剤を投与することにより上告人の不穏な行動等を抑制する効果を期待することには合理性が認められることなどを総合考慮すると,本件医師らが3月20日に本件薬剤の投与を中止しなかったことが医師の裁量の範囲を超えるものということはできない。
なお,本件添付文書には,前記のとおり,副作用として本件症候群が現れることがあるので,このような症状が現れた場合には,投与を中止すべき旨の記載があるが,上告人について本件症候群の発症を診断できたのは4月24日であるから,3月20日の段階で上記記載に従って本件薬剤の投与を中止すべき義務があるということはできない。
(2) 3月20日にテグレトールの投与を中止したことに伴い向精神薬の処方を変更していたところ,同月28日に上告人が突然大声をあげるなど不穏な症状が見られたことに対処したものと認められるから,同月29日から本件薬剤を2倍に増量したことをもって,医師にゆだねられた裁量の範囲を逸脱するものというべきではない。
(3) 上告人の精神状態を事後的に見れば4月7日の時点で安定していたということができるとしても,それは結果論としていえることで,当該時点でそういう判断が可能であったと即断することはできない。そして,向精神薬の投与を中止するためには,精神症状の推移に当該薬剤の果たしている効果や,投与を中止する反作用として患者に生じ得る症状の変化等に対する慎重な配慮も必要であって,4月7日以降における上告人の精神症状の安定には3月29日の本件薬剤の増量が寄与している可能性も考慮に入れる必要があること,さらに,4月7日以降の上告人の皮膚症状が本件症候群のような重い副作用の発生を推測させる徴候であることを裏付ける証拠はないことなどを総合すると,同日の段階で本件薬剤の投与を中止しなかったことをもって,医師の裁量の範囲を超えるものと断定することはできない。
(4) 同様の理由により,その後,上告人に高熱,全身のチアノーゼ,紫はん様症状の発生等全身状態の悪化の認められた4月15日までの間,本件薬剤の投与を継続した医師の判断にも,裁量の範囲の逸脱があるとすることはできない。
(5) 以上のとおり,本件薬剤投与に関する本件医師らの判断が医師としての裁量の範囲を超えるものということはできないから,本件医師らに過失があったということはできない。」
(1) 上告人は3月半ばころから発しんを生じ,同月20日には被上告人Bも全身の発赤を認めたものであるが,① 当時の上告人の精神症状は,活発かつ不安定であり,向精神薬を全面的に中止すれば精神症状が急激に悪化する危険性があったこと,② 薬しんの発生は,向精神薬の投与に際して必ずしもまれでなく,精神科薬物療法においては,副作用の出現を認めた場合,使用薬剤の全面中止をすることはまれであって,副作用を起こす可能性の最も高い薬剤を中止して経過を観察する方法が採られるのが一般的であること,③ 薬しんの発生自体は,本件症候群の発症を推測させる徴候であるとは必ずしもいえず,当時,一般の精神科医が有する知識,経験等によっては,上告人の本件症候群の発症を予測することはできなかったこと,④ 被上告人Bは,3月20日,薬しんの頻度の高いテグレトールの投与を中止して薬しんの経過の観察を始めたこと,⑤ 本件薬剤を投与することにより上告人の不穏な行動等を抑制する効果を期待することには合理性が認められることなどを総合考慮すると,本件医師らが3月20日に本件薬剤の投与を中止しなかったことが医師の裁量の範囲を超えるものということはできない。
なお,本件添付文書には,前記のとおり,副作用として本件症候群が現れることがあるので,このような症状が現れた場合には,投与を中止すべき旨の記載があるが,上告人について本件症候群の発症を診断できたのは4月24日であるから,3月20日の段階で上記記載に従って本件薬剤の投与を中止すべき義務があるということはできない。
(2) 3月20日にテグレトールの投与を中止したことに伴い向精神薬の処方を変更していたところ,同月28日に上告人が突然大声をあげるなど不穏な症状が見られたことに対処したものと認められるから,同月29日から本件薬剤を2倍に増量したことをもって,医師にゆだねられた裁量の範囲を逸脱するものというべきではない。
(3) 上告人の精神状態を事後的に見れば4月7日の時点で安定していたということができるとしても,それは結果論としていえることで,当該時点でそういう判断が可能であったと即断することはできない。そして,向精神薬の投与を中止するためには,精神症状の推移に当該薬剤の果たしている効果や,投与を中止する反作用として患者に生じ得る症状の変化等に対する慎重な配慮も必要であって,4月7日以降における上告人の精神症状の安定には3月29日の本件薬剤の増量が寄与している可能性も考慮に入れる必要があること,さらに,4月7日以降の上告人の皮膚症状が本件症候群のような重い副作用の発生を推測させる徴候であることを裏付ける証拠はないことなどを総合すると,同日の段階で本件薬剤の投与を中止しなかったことをもって,医師の裁量の範囲を超えるものと断定することはできない。
(4) 同様の理由により,その後,上告人に高熱,全身のチアノーゼ,紫はん様症状の発生等全身状態の悪化の認められた4月15日までの間,本件薬剤の投与を継続した医師の判断にも,裁量の範囲の逸脱があるとすることはできない。
(5) 以上のとおり,本件薬剤投与に関する本件医師らの判断が医師としての裁量の範囲を超えるものということはできないから,本件医師らに過失があったということはできない。」
「4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。そして,原審の認定によれば,前記2のとおり,本件症候群は皮膚粘膜の発しん等を伴う多形しん出性紅はん症候群の重症型であり,その結果として失明に至ることもあること,その発症の原因としてアレルギー性機序が働くものと考えられていたことが認められる。
また,本件記録によれば,昭和61年3月当時,これらの知見のほか,薬しんの大半がアレルギー性機序によって発生するものであることや,アレルギーの関与する種々の類型の薬しんが相互に移行し合うものであり,例えば,限局型で軽症型の固定薬しんが急激に進行して汎発型で重症型の本件症候群や中毒性表皮壊死症型に移行することのあることなどが一般の医師においても認識可能な医療上の知見であったことがうかがわれる。このことからすると,本件添付文書に記載された(1)及び(2)の症状は,相互に独立した無関係な症状とみるべきではなく,相互に移行可能な症状であって,(1)の症状から(2)の症状へ移行する可能性があったことがうかがえる。
なお,本件添付文書に記載の(1)の症状は,「過敏症状」として「ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがある」とするが,文意に照らせば,「猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹」などは直ちに投薬を中止すべき症状の例示にすぎず,副作用としての過敏症がそこに掲げられたものに限定される趣旨とは解されない。
(2)
(1) 精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。そして,原審の認定によれば,前記2のとおり,本件症候群は皮膚粘膜の発しん等を伴う多形しん出性紅はん症候群の重症型であり,その結果として失明に至ることもあること,その発症の原因としてアレルギー性機序が働くものと考えられていたことが認められる。
また,本件記録によれば,昭和61年3月当時,これらの知見のほか,薬しんの大半がアレルギー性機序によって発生するものであることや,アレルギーの関与する種々の類型の薬しんが相互に移行し合うものであり,例えば,限局型で軽症型の固定薬しんが急激に進行して汎発型で重症型の本件症候群や中毒性表皮壊死症型に移行することのあることなどが一般の医師においても認識可能な医療上の知見であったことがうかがわれる。このことからすると,本件添付文書に記載された(1)及び(2)の症状は,相互に独立した無関係な症状とみるべきではなく,相互に移行可能な症状であって,(1)の症状から(2)の症状へ移行する可能性があったことがうかがえる。
なお,本件添付文書に記載の(1)の症状は,「過敏症状」として「ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがある」とするが,文意に照らせば,「猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹」などは直ちに投薬を中止すべき症状の例示にすぎず,副作用としての過敏症がそこに掲げられたものに限定される趣旨とは解されない。
(2)
本件においては,3月20日に薬剤の副作用と疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから,テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い,その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても,当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,十分な経過観察を行い,過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは,本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。
そうすると,本件薬剤の投与によって上告人に本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての本件医師らの過失の有無は,当時の医療上の知見に基づき,本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無,程度,移行を具体的に予見すべき時期,移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し,これらを基礎として,本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。ところが,原審は,本件添付文書の上記各記載の存在を認定しながら,上記(1)記載の医療上の知見があったことを軽視し,上記の点を何ら確定することなく,本件医師らに本件症候群の発症を回避するための本件薬剤の投与中止義務違反等はないものと判断し,本件医師らの過失を否定した。
したがって,原判決には,本件薬剤の投与についての本件医師らの過失に関する法令の解釈適用を誤った結果,審理不尽の違法があるといわざるを得ず,この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。原判決は破棄を免れない。そして,本件については,以上の説示に従って過失の有無について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」
薬剤を用いる医師には、最新の添付文書を確認し、同文書に記載された副作用については、必要に応じて文献を参照するなどして、当該医師の置かれた状況の下で可能な範囲で、その症状、原因等についての情報を収集すべき義務があること示した判決です。薬剤の投与に関する医師の過失を検討するにあたり、参考となります。